仲良しの条件『精神疾患・精神障害・訳あり・困窮』

私に自閉症スペクトラム障害という障害・個性があることは何度もお話ししてきました。

障害の有無とは関係なく、私のパーソナリティーはかなり特異なものです。

 

かなり前の話ですが、精神疾患の治療で北海道大学病院の精神科・閉鎖病棟に入院していたことがありました。

そこで診断されたのですが、私のパーソナリティーはかなり特異なものでした。

 

主治医曰く、私には四角く見えているものが、周りの大多数の方には丸く見えている。

主治医の先生ははっきりとそう仰っていました。

 

今も、自閉症スペクトラム障害のサポートを受けに民間の精神の専門病院に通っているのですが、そこの主治医も私のパーソナリティーの特異さに言及しています。

これは障害ではなく、特性だと言われていますね。

 

私はかなりの変人であることは十分に自覚しています。

気難しい訳ではないのですが、発想や視点が個性的でユニーク。

 

私はユニークな人間。

北海道大学病院に入院中の主治医は、私はかなりユニークな人間、平たく言うと変わった人と明言していました。

 

こういう自分は好きですね。

 

でも、悩みもない訳ではありません。

私の理解者は少ない。

私も大部分の人のことが理解できない。

 

このような他者との隔たりの大きさが、私の悩みです。

 パーソナリティーが特異であるがゆえの悩みと言えます。

 

ネットの海、私は主にTwitterで活動しているのですが、それの何が面白いの?と理解に苦しむことが非常に多いです。

私にとっては、事実と感想が単語レベルで羅列されたに過ぎないものが、耳目を集めることは理解に苦しみます。

 

何故、文章を熟読し掘り下げた考察をしないのだろう?

何故、その程度の薄い内容が面白いのだろう?

理解できないことが多いです。

 

これは、私の特異なパーソナリティーや視点の独自さによるものでしょうが、理解者がなかなかいないと、やはり寂しいですし、ちっとも面白くないことが面白がられるのは嘆かわしくも感じます。

 

私のこの悩みを、今の主治医に相談してみました。

私の発信はなかなか理解されない。

公開のブログで小説も発表しているが、理解者がいないのか、なかなか多くのアクセスが集まらない。

 

主治医のアドバイスはこういうことでした。

 

小説を発表するなら、ブログやTwitterなどSNSに限らず、小説用の場で発表してみてはどうか。

ネット上にも小説投稿のサイトはありますよね。

そこで発表してみてはどうかと。

 

そして、理解者を募るのであれば、同じような志向の人に絞ってみてはどうかと。

また、私の人格や発想は、万人に拒絶されるようなものではないともアドバイスされ、ひと安心しました。

 

この二点が理解者を集める上での、主治医からのアドバイスの要点でした。

 

私と同じような志向の人とはどんな人か、考えてみました。

 

それは先ず、私と同じように精神の問題で何か問題を抱えている人ですね。

私が主に活動するTwitterにおいても、精神の問題で困っている方、悩んでいる方はたくさんいらっしゃいます。

 

それから、何か困っている方。

例えば、持病があり健康上問題を抱えている方などです。

 

気付きました。

私の仲間は、困難な状況にあるからこそ思考し、問題点を捉え、答えや解決方法を模索する方々です。

 

逆に、思考せず、問題点を追究せず、模索しない方は苦手です。

いわゆる、能天気な脳内お花畑は苦手です。

 

日本で暮らせば、食うに困ることはまずありません。

そのためか、問題点をあぶり出さず、思考せず、自分にとって心地よい情報だけをつまみ食いする傾向の方がいますね。

 

それは、衣食足りて礼節を知らずとでも言うべきものです。

或いは、ぬるま湯に浸かり、出られなくなり、やがては死を迎える蛙です。

 

満たされているからこそ、問題意識を持ち思考するべきです。

しかし、人間は何かに困らなければなかなか思考しない。

 

私の仲間は、何かに困り、問題意識を持ち、思考する方々です。

数は多くはなくてもいいのです。

 

共に問題を解決しようと、向上心を持ち、思考しようではありませんか。

 

私が、こちらのブログ「とまとの呟き」と共に書いているメインの方のブログ「小説・スカイゾーン」。

テーマが重いせいか、万人受けする作品ではありません。

 

そのテーマは、仏教における「生老病死」です。

生老病死」は、人間が避けられない四つの苦ですが、では、これを避けることができれば、人間は苦から解き放たれ、幸せになれるか。

それを問うてみる作品です。

 

もちろん、物語の全てにおいて仏教思想が書かれている、堅苦しい作品にはなっていません。

仏教的なテーマを縦軸、登場キャラクターたちによって描かれる未来的かつ、日常的でもある展開を横軸として物語は進むので、難解な哲学ものという作品ではありません。

 

テーマが重いから、なかなか読んでもらえないのか。

このことも、精神の問題の主治医に相談したのですが、重いテーマを読みたい読者もいるはずであり、万人受けしなくても、対象者を絞るつもりで書き進めてはどうかとアドバイスをもらいました。

 

よし!!

やったるでー!!

 

私は私のままでいい。

私が描く、重いテーマの作品を求めている人はいるはずです。

 

人間が避けられない四つの苦「生老病死」から解き放たれれば、人間は幸せか。

このテーマは、精神の問題がある方、精神疾患精神障害で悩む方、健康上の問題で悩む方には響くと信じて、書き続けることにします。

精神や健康の問題を抱える時、人は正に「生老病死」に向き合い、熟考します。

 

私の仲間は、何かに困っている同志。

 

因みに、私はある集団から追い出されました。

そこは、向上心を持つことは悪徳であるという価値観を持つ集団でした。

問題意識を持ち、思考する人間がいては都合が悪い。

そのような志向の集団でした。

 

何やら、地球上にある独裁国家のような考え方ですね。

思考することは不都合である。

横並びでテンプレートのような発言しか許されない。

このような集団が栄えた試しがあるでしょうか?

ありません。

 

このような集団から離れ、思考し、問題を解決する気概を持つ仲間と共に行動する。

精神の問題を相談できる主治医とも話し合い、真の仲間と進むことにします。

 

私の仲良しの条件は、何かに困り、問題意識を持ち、思考していく仲間と向上することです。

 

来たれ、精神疾患

来たれ、精神障害

来たれ、訳あり。

来たれ、困窮する者。

 

来たれ、仲良しの条件に集う者。