四月は誕生日を迎えます

今日は四月十日。早いもので、四月も中旬に差し掛かろうとしています。

そういえば、四月は私は誕生日を迎えるのです。

 

何もせずのんびり過ごしていても、月日が経つのは早いものです。

去年の今頃、何をしていたか振り返ってみると、自分に合わない仕事をして悪戦苦闘していました。

 

まだ自閉症スペクトラム障害が診断されておらず、どうしてこんなに上手くいかないのかと、悩みながら仕事をしていたものです。

 

今年の誕生日は、一味違うどころか、二味も三味も違います。

今年に入ってすぐの頃、自閉症スペクトラム障害が診断されたことで、私の人生は大きく変わりました。

 

これからが私の本当の人生ですから、今年の誕生日が本当の意味の誕生日であると考えています。

 

誕生日とは生まれてめでたい日であると共に、自分をこの世に生み出してもらったことを感謝する日とする考え方もありますが、私はあまりそうは思いません。

寧ろ苦難が始まった日だと思っています。

 

おそらく発達障害を抱えていたであろう父からの遺伝でしょう。

診断されたのは最近でも、私には生まれながらの自閉症スペクトラム障害があります。

父は生前、自分より有能な私に対する執着が尋常ではなく、自分ができなかったことを私にさせようとしていて、迷惑この上なかったですね。

 

母はまだ存命ですが、私の障害に理解がなく、理解してこなかったことを反省もしていません。

 

こんな二人の間に生まれ落ちた記念日は、めでたくも何ともないですよ。

私にとっては誕生日とは苦難の始まりの日でした。

 

しかし、今年からは違います。

自閉症スペクトラム障害が診断されたことで、本当の自分を知ることができましたから、新しい本物の自分に向かって再出発するのが今年の誕生日です。

 

私は今50代です。

そろそろ60代が見えてきそうです。

昔は、今の私くらいの年齢が企業での定年年齢だった時代もあるようですから、私もそれなりに年齢を重ねています。

 

若い頃と変わったことで一番にあげられることは、先のことを思ってくよくよしなくなったことです。

 

今まで生きてきたのと同じくらいの時間をこれから生きられない年齢になると、何が起こるかわからない未来よりも、既に答えが出ている過去の方の時間が多くなっています。

見えなくて不安な未来よりも、ストックしている過去の情報の量が多いので、困った時はその情報の貯金から引き出して判断することにしています。

 

未来の時間が多い方が可能性も多いですが、先のことは見えませんから、若い頃は漠然とした不安を抱えていたものです。

 

そして、人生100年と考えたとしてももう折り返し地点は過ぎました。

人生も後半戦です。

 

この後半戦は、生まれながらの障害が正しく診断されたことで己を正しく知り、本当の自分の人生を生きていこうと思っています。

そして、可能性があるからこそ見えない未来に対する不安があった年齢を通り過ぎて、ここから先は見えない未来に怯えることなく、蓄えてきた過去の情報の貯金を自分に投資していく年齢になりました。

 

そんな今がとても楽しいですし、ここから先も楽しんでいこうと考えています。

前述したように、昔のサラリーマンであれば定年を迎えるような年齢になりましたが、人生は死ぬその日まで定年はありません。

 

60代は射程圏内に入ってきましたし、その後の70代、80代を考えた時に必要なものは何と言っても健康です。

健康でいれば、80代になっても活動的でいたいですね。

 

そういうおばあちゃんになれるよう、進んでいこうと思います。

 

今までの誕生日は、折り合いの悪い両親の元に落ちてきた忌むべき日であり、気付けなかった障害に振り回される人生でしたが、今年からこれからの誕生日は人生の後半戦に向かって、勝負をかけて行く日になりました。

 

50代、楽しいですよ。

きっと、60代も、70代も、80代も楽しくやっていけるでしょう。