家庭教師の思い出

大学生の頃、家庭教師のアルバイトをしていました。

私は北海道大学の卒業生ですが、北海道大学の学生のアルバイトで多いのが家庭教師のお仕事でしたね。

 

北海道にいれば、北海道大学が最高偏差値なせいか、家庭教師の派遣をする会社に登録すると、割とすぐに仕事は決まりました。

 

私は記憶力がいいです。

教えていた生徒さんは、ほぼ全員、顔も名前も未だに覚えています。

あれから30数年は経っているので、あの頃教えていた生徒さんも大人になったことでしょう。

そして、今頃は自分の子供の教育のことで一生懸命なことでしょう。

 

私が家庭教師を始めた動機は、拘束が短時間で時給がよく、学業と両立しやすかったことですね。

多くの学生が、このような感じだったように記憶しています。

 

手前味噌ですが、私は家庭教師として評判が良く、派遣する会社から次々と仕事を紹介されていて、学業との兼ね合いでお断りしていた仕事もあったくらいです。

 

私が家庭教師としてかなり評判が良かったので、弟が北海道大学に入学後、同じ会社に登録しようと面接を受けた時に、”とまと先生の弟さんですか!”と対応して下さった会社の方に喜ばれたりもしていましたね。

弟は、かなり恥ずかしかった、姉ちゃん、何やってんの?と苦笑いしていたものです。

 

私はなぜ家庭教師として評判が良かったのでしょう?

 

性格が明朗で礼儀正しく、コミュニケーションが得意なので教え方が上手と、ご家庭から評価して頂いていました。

卒業したのは文学部ですが、元は医学部志望で数学や理科も力を入れて勉強していた時期もあったので、高校生や理系の生徒も指導が可能だったことも、良い評価を頂ける理由だったようです。

 

家庭教師の仕事はもちろん勉強を正しく教えることが求められるのですが、生徒さんと円滑なコミュニケーションを取ることも求められます。

生徒さんは真面目で、初対面の時はかなり緊張していますから、気持ちを上手く解してあげて勉強がわかるようになると、楽しいのだということを伝える必要がありました。

 

所謂、コミュ障という方がいますが、私は完全にこの逆です。

50代になった今も、私は人当たりがよく話好きです。

 

大学生の頃からこのような気質だった私は、生徒さんの緊張を解しながら、肝心の勉強についても的確に伝えることができていたのでしょう。

 

勉強ができることと、それを相手が理解できるように伝えることは違います。

これが苦手な同級生もいて、家庭教師のアルバイトを選ばない学生もいましたね。

 

コミュニケーションが得意で人当たりが良く、理系の科目も教えることができる私は、途切れることなくお仕事を頂くことができ、大学生活を送る中で多くの生徒さんと知り合うことができました。

 

前述したように、今でもほとんどの生徒さんのことをよく覚えています。

私が大学生の頃、中高生でしたから、生徒さんたちももう40代、50代でしょう。

そうなると、かつて私が教えに行っていたように、自分の子供のために勉強を教えに来てくれる家庭教師を迎えているのでしょうか。

 

教育は未来への投資であり財産です。

勉強はできないより、できた方がいいですよね。

 

知らないことを知り、できなかったことができるようになる。

解けなかった問題が解けるようになると楽しいです。

 

私はそんな風に学生の頃は過ごしていましたから、勉強ができるようになる楽しさを伝えるという点では、家庭教師のアルバイトは天職のようなものでした。

 

しかし、私自身は家庭教師を利用したことはありません。

今は家庭教師を派遣する会社も増え、料金もそう高くない会社も出てきたようですが、私が中学、高校生の頃は家庭教師はまだまだ高価なものというイメージでした。

 

ですから、私は大学合格までほぼ独学です。

塾にも行ったことがありません。

高校三年生の時に、北海道大学の英語対策の講座を受講するため、予備校に通ったことがある程度です。

 

ほぼ独学で勉強を進めてきたので、大学生になって家庭教師をする時も、勉強そのものに加えて、勉強のやり方や勉強する上での計画の立て方、時間の使い方といったような勉強の方法論のようなものも、生徒さんに伝えることができましたね。

 

勉強とは、教科のある範囲をこなすだけではなく、その根本にある勉強のやり方、計画の立て方、時間の使い方を学ぶことです。

 

生徒さんによく尋ねられたのは、大人になって勉強は何の役に立つのかということでしたが、その答えは、勉強そのものよりも、勉強を進める上での計画の立て方や時間の使い方を学ぶことが大切であるということでした。

 

実際、社会に出て要求されるのは、このように時間をうまく使うことであるとか、物事を順序立てて片付けていく能力です。

 

この能力のトレーニングが勉強である。

そう考えていた私は、生徒さんにもそのことを伝えていました。

 

そのように考えると、勉強は楽しいです。

勉強の楽しさを生徒さんに伝えるのが楽しかったですね。

 

私は今でも勉強が好きです。

知らないことは、まだまだたくさんありますから、学んでも学んでも、まだ学び足りない気がします。

 

知らなかったことを知ることは、本当に楽しいものです。