デジタルが怖いアナログ人間

最近、溜まりに溜まったgmailを削除する作業を毎日のようにしています。

削除するもののほとんどが、いつ登録したのかもわからないメルマガであり、全くと言ってよいほど読んでもいません。

 

このまま溜まっていけば、メールの格納庫(フォルダーと言うのでしたっけ?)が満杯になってしまいそうなので、思い切って削除するものは削除し、配信停止の手続きをしました。

 

溜まったgmailでも、何のメッセージだったか記憶にないものは削除する前に読んでみます。

その作業を通じて、今度はいつ書いたのかわからない文章が出てきたりして、迷宮に迷い込んだような状況になってしまうのですが、そもそも私はgmailの整理整頓のようなデジタルな作業が苦手です。

 

デジタル的な手法を使いこなせれば、手早く、大量の情報が処理できるのでしょうが、私にとってはチンプンカンプンですね。

 

パソコンやスマホが登場し、一般的にネットが普及した現代について行くのが大変です。

 

このブログも、デザインを決め、文字の大きさや色を適切なものにし、スマホと連携させ、と設定を終えるまでは四苦八苦していました。

 

私は1960年代に生まれた古い世代です。

私が子どもの頃のテクノロジーといえば、何かと考えてみますが、テクノロジーと言えるようなものはまだまだ一般的には普及していませんでした。

 

こういった世代ですから、大人になってから触れるようになったネットやスマホ、パソコンを使う時、わからないことが多いんですよね。

 

それでも、習うより慣れろでスマホとパソコンは、なんとか使えています。

私が若かった頃、20代の頃はパソコンはまだ一般的ではなく、文章を作成するにはワープロが全盛の時代でした。

 

ワープロ、いわゆるワードプロセッサですよね。

見た感じは、パソコンに似ているような気もしますが、性能はパソコンの方がはるかに上ですね。

 

大学生の頃は、できる人はワープロで卒論を作成している学生もいましたが、私は完全にアナログで全て手書きで作成しました。

400字詰めの原稿用紙に100枚以上、全て手書きで仕上げましたが、当時はそれが当たり前だと思っていたので特に不便だとは感じませんでした。

 

今でも私は文章を作成するのに、手書きの方がしっくりきます。

 

400字詰め原稿用紙に100枚以上の卒論を書いた時も、レポート用紙に下書きを作り、鉛筆で仮の文章を書き、最後に油性のペンで清書するといった順序で進めていました。

 

このように根っからのアナログ人間な私は、デジタルがなんだか怖いのです。

指先一つで膨大な情報量を扱えるデジタルの技術は、一つの間違いが大きな失敗に繋がるような気がして、便利だとわかっていても使うのに躊躇してしまいます。

 

全て手書きで、かなりの量の卒論を書きましたから、今でも手書きは苦になりません。

若い頃に一生懸命になったことは、一生変わらないですよね。

 

デジタルが怖いということもありますし、手書きで懸命に仕上げた卒論の思い出があるので、アナログの方が落ち着きますね。