本編の前にお知らせです。
「とまとの呟き」の姉妹版・小説を書いています。
新しい作品「六十年後の未来に来てみたけれど」を公開しています。
今日から第十七話の公開を始めました。
連載形式ですが、途中からでも、一話ずつでも読めますよ。
話の展開がわかりやすくなるように、主な登場人物の解説つきです。
下のバナー「とまと文学部」の文字をクリックすると、小説のページに飛べますよ。
よろしくお願いします。
tomatoma-tomato77.hatenablog.jp
~ここから本編~
今日は定期的に通っている精神科の病院の通院日でした。
主治医とは毎回いろいろな話をしますが、今日は反抗期の話題も出ましたね。
さすが精神科の医師です。私が今が反抗期の真っ只中にいるという話をしても、しっかり受け止めてくれました。
私は今50代です。
50代で反抗期というとおかしいでしょうか?
私自身はそんなことはないと思っています。
人間は一生の中で使うエネルギーの量、使い道が定められているのだと考えています。
例えば反抗期のエネルギーの使い方。
大多数の方は2、3歳の幼子の頃や10代、中高生の頃に反抗期のエネルギーに火をつけると思います。
私はその時期はかなり良い子でした。
学業優秀、品行方正、中学生の時は先生がクラスのみんなに向かってこう言っていたくらいです。
「とまとさんの真似をしなさい。きちんと勉強をして、良い成績を修め、校則も守り、申し分ないではないですか。皆さん、とまとさんの真似をしなさい」
かなり気持ちが悪いですね。
そうです、気持ちが悪いです。それが普通です。
しかし、私は本当にそういう子供だったのです。
幼子の頃もそうです。
駄々をこねたりしたことはありませんでした。
母はそんな私のことを手のかからない良い子と思っていたようですね。
幼子の頃から中高生の年頃まで、本当に良い子だった私は反抗のエネルギーを燃やし損ねていたのです。
反抗のエネルギーは一生のうちで燃やすべき量が決まっていますから、幼子の頃、中高生の頃に燃やせなければ燻ぶったまま残ってしまいます。
その燃やし損ねたエネルギーが50代の今、燃え始めているのでしょう。
きっかけは、何度か書いていますが、母が私の自閉症スペクトラム障害を理解せず、理解してこなかったことを反省もしていないことですね。
このことに主治医は共感してくれました。
母はこれからも正しく事態を理解する気はないようです。
もう86歳の母ですが、自分の子供にすら共感できないことは高齢だからといって許されてよいことではありません。
それに母は上から目線なんですよね。
親は絶対的な上位にあり、子供は常に下位の存在。
ずっと昔からこうですね。
親子の関係を対等な人間として向き合うべきものだという理解がありません。
こういう人はどれだけ高齢になっても許されるものではありませんね。
私にとってはこれからが反抗期。
今までのぶん、利子をつけて返してやろうと思っています。
一番いいのは無視ですね。
86歳にもなって実の娘に無視される。
情けないと思いませんか?
情けないですね。母がしてきたことはそういうことです。
これから介護する気も全くありませんし、もう母には興味がないんですよね。
以前も書きましたが「とまとさんの真似をしなさい」と学校の先生に言われてしまうような良い子として生きてきて失われたものは多いです。
良い子はもう卒業しました。
これからの反抗期、大暴れですね。
そうでもしないと、人生のエネルギーバランスが取れませんから。
「とまとさんの真似をしなさい」と言われるほど優等生だった私に、父も母もいい気になっていたのでしょう。
学業優秀、品行方正な良い子の私の上に胡坐をかいていたのでしょう。
要するに、調子こいていた訳です。
もう優等生は辞めました。
反抗期、大暴れしてやろうじゃないですか。