セクハラ爺、困ったもんだ

本編の前にお知らせです。

「とまとの呟き」の姉妹版・小説を書いていますが作業中に間違って表示を消してしまいました。

復旧次第、載せますのでそれまでお待ち下さい。

~ここから本編~

今日は父の話をします。

父は、もう20年以上前に病死しました。

今生きていたら80代ですね。

 

父は古い世代のせいか、現代では不適切な発言を日常的に当たり前のように繰り返していました。

一番嫌だったのは、セクハラ発言ですね。

 

私が小学校高学年になり、体形が変わってくると「とまと、おっぱい大きいな」とか、お尻の形がどうのこうのと言っていたんですよね。

当時の私はまだ小学生でしたから、あまり気にしていなかったのですが、大人になってよく考えたらかなり失礼な発言だと思うようになりました。

父は、過度に私を女性として見ていたようです。

 

今どき、こういう考え方、発言は怒られますよね。

女性を馬鹿にしています。

ただ、今の80代男性の大多数はこういう考え方が抜けないのではないでしょうか。

 

体形の話といえば、私の小学校の同級生のことでも父はとんでもないことを言っていました。

父は販売系の仕事をしていた時期もあるのですが、そこに買い物にくる私の同級生を見て「とまと、●○ちゃんは、まだ、おっぱいが大きくなってないな」と、人様の様子を性的な目で見ていたのです。

これ、現代ではとんでもないセクハラですよね。

いやはや、生前の父には困ったものです。

 

父は今生きていれば80代。

平均寿命的には、そろそろお迎えがくる年齢です。

寿命まで生きていたら、どんなお爺さんになっていたのでしょうか?

セクハラ爺だったのでしょうか。

 

女性に対するおかしな視点を持ってはいましたが、父は基本賢い人間でした。

まだ生きていたら、考え方をアップデートして現代の基準に自分を合わせていたかも知れません。

 

しかし、過度に女性であるからどうのという考え方は根本的にナンセンスですね。

こうして考え方をアップデートできない年配者も多そうです。

 

考え方をアップデートできなければ、この世界から退場願いたいですよね。

だから父は早死にした訳ではないのでしょうが、考え方をアップデートできない者はいなくなってもらわないと若い者が困ります。

 

私は生前の父の姿を見て学びます。

若者に合わせられず、考え方をアップデートできない老人は愛想を尽かされるのです。

父の姿は私の反面教師ですね。

 

現代はそれぞれの人の、それぞれの考え方、生き方が多様ですが、父はこうも言っていました。

30歳を過ぎて未婚の者は障害者である。

結婚だけが尊い、子供を持つことだけが素晴らしい。

 

いやはや、困ったお爺さんですね。

これ、差別発言、失言ですよね。

こういう価値観が蔓延っていた時代があるとは、呆れてしまいます。

 

これは反面教師として学ぶいい教材ですね。

私は若い人に合わせて、考え方をアップデートしていけるお婆さんになりたいです。

そうしないと駄目ですよね。

これからは、ただ歳を取っているから大切にされる、敬ってもらえる時代ではありません。

 

若者が聞いたら赤面し、呆れるような失言には気をつける歳の取り方をしたいですね。