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タイトルは「ブラックマーラの嘘」といいます。
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tomatoma-tomato77.hatenablog.j
私はネットの海を漂流するのが好きです。
こうしてブログを書いたり読んだり、それ以外では主にTwitterで活動しています。
Twitterはユーザーが多く、いろんな人がいて楽しいですね。
今日はこんなツイートを見つけました。
『日本では教会で結婚式を挙げ、会社では神棚を祀り、葬式にはお坊様を呼んでお経をあげてもらう』
ありふれた風景ですが、よく考えたら節操がないですね。
よく考えたら変ですね。
このツイートと同じことを大学時代の先生が言っていたことを思い出しました。
宗教学の先生で、私はその講義を取っていたのです。
その先生はこう仰っていました。
『日本ではキリスト教の教会で結婚式を挙げ、死んだら仏教で成仏、節操がないですねえ』
これには講堂にいたほぼすべての学生が大笑いしていました。
私も笑いました。
先生はこうとも仰いましたね。
『新興宗教に”走る”と言いますが”走る”とは、そもそも好ましくないことにのめり込む時に使いますね。では、新興宗教は好ましくないことなのでしょうか?』
これにも笑いましたね。
それもそうですね、日本では特に新興宗教は胡散臭いものと捉えられがちです。
この宗教学の講義は本当に面白かったです。
上述のツイートを見かけた時に、真っ先に宗教学の先生のことを思い出しました。
それにしても、なぜ日本では教会で結婚式を挙げても葬儀は仏教式なのでしょうか。
ほとんどの人がキリスト教徒でもなく、仏教徒でもないですよね。
外国から入ってきたものを何でもアレンジする。
ありとあらゆる宗教的な側面がごちゃ混ぜになっているんですよね。
バリバリのキリスト教式の葬儀に出たことがあるのですが、その時は教会に集まりキリスト教の流儀に則り葬儀が行われました。
元夫の親類の叔父さんが敬虔なキリスト教徒だったのです。
その人は生前からイエス・キリストの教えを実践していましたね。
こういう人が教会にお世話になるんですよね。
普段、イエス・キリストの教えを実践していなくても、結婚式だけキリスト教式とはこれ如何に?
そして、死んだら仏教で成仏。
正に、宗教学の先生が言っていたことですね。
やっぱり大笑いです。
私自身、結婚式というものは挙げていませんし、死んでも葬儀は必要ない性分です。
それでも意外と神仏の存在は信じています。
信じる心があれば、何でもいいのでしょうか。
それでも、節操のなさはなかなか笑えますね。