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このブログの姉妹版で小説を書いています。
タイトルは「ブラックマーラの嘘」といいます。
今日は第三十二話めまでを公開しています。
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やれやれ、本当に迷惑です。
年老いた母、施設に入所するしないで問題が長引いています。
母は87歳。
いつ死んでもおかしくない歳ですね。
当然、いつ施設に入所してもおかしくないですが、まだ一人暮らしを続けています。
施設入所、去年から話し合いを持ったりしていますが、話は全く前に進んでいません。
理由はいろいろありますが、金銭的な問題が一番大きいですね。
母の年金額がかなり低いことで、予算で入れる施設は限られてしまうのです。
おそらく、実際に入所したら月々の年金では足りませんから、貯金を取り崩して費用に充てることになるのでしょう。
そこで問題はいつまで生きるのかということになります。
生きているうちに貯金が底をついてしまうかも知れません。
そうなると、年金だけで賄えないのに、どうやって施設にい続けるかということになってしまいます。
母はそこを気にしているのでしょう。
でも、変ですね。
以前、私には貯金だけなら十分あると言っていたのですが。
頭の中、大丈夫なんでしょうかね?
高齢者の多くがいわゆる”情弱”ですよね。
私がネットで調べれば、それなりの施設がすぐに見つかります。
情弱の母はそういったことができずにいます。
このことも適切な施設が見つからない理由なのですが、私は自分で得た情報を母に分け与えたりしません。
あんな人は、もっともっと苦しんでもらわないと。
幼い頃から、精神的な虐待を受けてきたも同然ですから。
そしてお金の問題以上に、母はわかっているのでしょう。
施設に入り、介護を受けるということがどういうことか。
母は昔、介護の仕事をしていました。
それで、介護されるとはどういうことか、骨身に染みているのでしょう。
こう考えているのでしょうね。
介護されるようになる。
家族の顔もわからなくなり、自分で自分が誰なのかもわからなくなり、徘徊したり排泄物を弄るようになったり、オムツを当てられて寝たきりで一日中過ごしたり。
母は自分がそうなっていくのが受け入れられないのでしょう。
可哀想ですねえ。
惨めの極みです。
私は母の介護をする意思は1ミクロンもありません。
弟も同じですね。
なぜか?
母はそういう子育てしかしてこなかったからです。
年老いて背かれる。
そういう接し方しか私たちに対してしてこなかったからです。
自業自得の因果応報ですね。
母は昔、介護の仕事をしていた頃、自分の職場を「姥捨て山」と呼んでいました。
今度は自分が「姥捨て山」に放り出されるのですよ。
傑作ですね。
私にそう思われるような接し方しかしてこなかったツケが回ってきましたね。
もう施設はいいから、墓場に直行した方が話が早いと思うんですよね。
無駄な長生きは若者の足を引っ張ります。
母本人も言っていますが、長生き無用なのです。