線路は続くよどこまでも

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写真はイメージです。

 

私の日課は散歩です。

今日も歩いてきました。

 

札幌市内にもいくつかJRの駅があります。

今日は駅、2、3個ぶん、線路沿いを歩いてきました。

歩いている途中で電車とすれ違ったり追い越されたり。

電車っていつ見ても旅情を掻き立てられますよね。

どこか遠いところに行きたくなります。

 

今はJRですが、昔は国鉄と言っていましたよね。

その国鉄時代、母方の実家に行く時も国鉄の”汽車”に乗っていました。

北海道では多くの場合、列車のことを汽車と言います。

その汽車に乗って、夏になると母方の実家に行っていました。

父が運転する車で行っていた記憶もあるのですが、汽車で母、私、弟の三人で行っていた記憶もあります。

おそらく、父は仕事の都合がつかなかったのでしょう。

 

そんな感じで母、私、弟の三人で汽車に乗り母方の実家に向かう途中でご一緒したおじさんのことを今でも鮮明に覚えています。

昔の汽車ですから四人掛けのボックスシートのようになっていました。

おじさんと母の間で雑談が弾み、連れられていた私たちも会話に参加したのです。

 

母方の実家がある町は終点に近い駅にあり、おじさんは途中の駅で先に降りていきました。

汽車の外に出たおじさんは私たちの呼びかけに答えてくれて、何度も振り向いて手を振ってくれましたね。

 

昔ってこういう人情味のあるコミュニケーションが豊かでしたよね。

見ず知らずの初対面の人でも和やかに言葉を交わす。

 

あのおじさん、当時で何歳くらいだったのでしょう。

40~50代くらいの方でしたでしょうか。

そうすると、今頃は90~100歳くらいでしょうか。

 

私たちより先に汽車を降りて行ったおじさん、汽車を降りて駅を出て、家族が待つ家に帰って行ったんでしょうね。

旅は道連れです。

 

鉄道の旅っていいですね。

電車、汽車を見るだけでどこかに行きたくなります。

私が幼い頃は蒸気機関車もまだ現役で走っていましたね。

 

今日は札幌市内ですが、線路沿いを散歩しながら昔のことを思い出し、どこかに行きたいなあと電車を見ながら考えていました。

 

今、一番乗りたいのは札幌と新千歳空港の間を結ぶ快速のエアポートですね。

北海道を出て本州方面や海外に行く時はいつも乗っていました。

エアポートに乗る時から旅は始まっていましたから、乗るだけでこれから始まる旅にワクワクしていたものです。

 

エアポート、乗ってみましょうか。

飛行機には乗れなくても、エアポートだけ乗るのは自由です。

また、どこか旅に出たい。

今日は線路沿いを散歩しながら、そんな欲求が湧いてきましたね。