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写真はイメージです。
今日も昨日に続いて大学の話をします。
大学、昔よりは進学する人が増えましたが、そもそもなぜ大学に行くのでしょう。
さきほど、ごはんを食べながらテレビを見ていると、高校生のサッカー大会の中継が放送されていました。
実況のアナウンサーと解説者の方がいろんな話をしていて、三年生の生徒はあとは卒業を残すのみ、大学に進学することは回り道ではなく有意義なことと言っていましたね。
そうですね。
大学の四年間は無駄な時間ではありませんよね。
友達を作ったり、いろいろな経験を通じて成長したり、もちろん学問に勤しむことも自分の成長には大切なことです。
私は高校生の途中まで医学部を目指していました。
そのまま進んでいたら、無駄ではないどころではありません。
医師というしっかりした仕事に就き、自分が学んだことを社会に還元していたことでしょう。
しかし、私は医学部には進学しませんでした。
私が最終的に進んだのは文学部、インド哲学科です。
はっきり言うと、何の役にも立ちません。
医学部と比べれば、何をしに大学に行っていたのかと思われても仕方がないのですが、決してそんなことはありません。
大学は専門学校ではないのです。
職業に必要なスキルを身に付けられる学部もありますが、多くの大学は直接的なスキルを身に付けるためにあるのではなく、一見、役に立たなそうなことを敢えて学びに行くためにあるんですよね。
その最たるものが文学部、インド哲学科ですね。
私はインド哲学科のそういうところにも惹かれて進学しました。
就職に強くなくてもいいのです。
自分が好きな、興味のある学問を究めたい。
そう考えて進みました。
根本的な問題。
大学に行って何をするのか?
私は自分が興味のある学問を修めるために進学しました。
これこそが大学が存在している理由です。
大学生の時にアルバイトで看護学校の学生さんと一緒になったことがありました。
その人はこう言っていましたね。
大学に行って何をするか、思いつかないから職業に結び付く看護学校に進んだのだと。
それも一つの考え方です。
ただ、私は職業に就くために進学する訳ではないという意識が強かったのです。
若いうちの数年間、好きな学問に打ち込むのもいいではないか。
大学に行くのは何かの職業に就くためではなく、学問を修めるため。
インド哲学科はその最たるものでした。
では、インド哲学科を卒業後の進路はどうなっているのか。
私を含めて同級生、先輩たちは普通に就職していきましたね。
インド哲学を活かして就職するのはまず無理です。
あるとすれば、僧侶でしょうか。
インド哲学では仏教学なども学ぶので、冗談で僧侶になろうかと皆で言っていましたね。
何にもなれないから、何にでもなれる。
これがインド哲学科の卒業生の進路です。
大学に行って何をするのか。
それは学問を修め、人間関係の幅を広げ、多くの経験を積んで楽しむためですよね。
インド哲学科、最高です。