寛容さを失うなら、日本はもう駄目かもしれない

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tomatoma-tomato77.hatenablog.jp

イラストはイメージです。

 

私はSNSが好きです。

いろんな人がたくさんいて、情報を得られたり勉強になりますね。

 

昨日、ちらっとX(Twitter)を見ていたら、昔のDINKS、今は選択子なしと言うのでしょうか。

子供がいないことを投稿して、叩かれて嘆いている女性を見かけました。

子供がいないことで人生をエンジョイしているといったようなことを投稿したら、今の日本は出生率が下がり国難の時を迎えているのにそういう投稿は不謹慎だ。

そんな感じで叩かれていることを、その女性は嘆いていました。

 

日本はもう駄目かもしれませんね。

余裕がないです。

経済的にもそうですし、心に余裕がないです。

余裕があったら選択子なしを叩いたりはしないはずです。

多くの日本人は寛容さに欠けているのです。

 

日本人はいつからこうなったのでしょう?

最近ですか?

いえ、違います。

 

ずっと前から書いていますが、死んだ父の名言があります。

「日本人は狂っているんだ」

父は私が幼子の頃、1970年代からこういうことを言っていました。

すぐには理解できませんでしたが、父なき今、大人になった私は父の言いたかったことがわかります。

わかり過ぎるくらいです。

 

父は昭和30年代に母と結婚した時、母方の姓に変えています。

現代でも結婚して男性が姓を変えると、婿養子だのつまらないことを言われがちですよね。

それが、昭和30年代ですよ。

父の苦労がどれほどのものだったか、想像するのは難しくありません。

 

父を苦しめたのも不寛容ですね。

それは確実です。

私が生まれて幼くてまだ意味がわからない頃から、父はこの世界で一番大切なものは寛容さ、他者の尊重だと教えてくれました。

 

寛容さがあれば、互いを尊重し合えれば、世界は平和になります。

寛容さがないことで他者を追い詰めたり、互いに争い合ったり、弱者を切り捨てたり、これって全部、今の日本に蔓延している生きづらさの根本的な原因ですよね。

 

寛容さを失うなら、日本はもう駄目かもしれません。

一度、沈むしかないかもしれません。

 

私は父が教えてくれたことを忘れずに、地球上のどこに行っても寛容さを手放すことはないでしょう。