生まれながらに精神病気質

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写真はイメージです。

 

前回、不安障害と強迫性障害と診断された話をしましたが、その続きです。

私は生まれながらに精神障害があります。

自閉症スペクトラム障害ですね。

この障害があることで、得意なことと苦手なことの差が大き過ぎ、一般的な就労はかなり困難です。

こうして文章を書くことは得意で、学生時代は学年でもずっとトップの成績を修めたくらい学業は優秀でしたが、一般的なことができません。

 

私が最初に自分の精神の問題に気づいたのは、小学校4年生の時でした。

離人症の症状が出て恐くて学校に行けなくなったのです。

 

その次は中学生になってから摂食障害になり、体重が30kgくらいになりました。

その頃の私は摂食障害で体力が落ちていたにも拘わらず、成績はずっと学年トップでした。

それこそが異常なことですね。

学校でも有名になっていました。

「とまとさんは、どんどん痩せていっているのに成績が落ちたりしないんだ」

腫れ物に触るような扱いを受けていましたね。

 

今は大人になったので自分の意思でメンタルの病院に通っていますが、子供の頃はできませんよね。

私は子供の頃のメンタルの問題については放置されいたも同然です。

 

離人症で学校に行けなくなった時は恐くて布団に潜り込んでいると、母にこっ酷く叱られて布団から引きずり出されていました。

摂食障害になった時は「とまとは勉強しなければとプレッシャーでおかしくなった」と母に言われました。

 

これは最もやってはならないことですね。

私の両親はもう90歳近い世代で、精神病に対して間違った認識を持っています。

現代では精神科の病院に行くことは何もおかしなことではありませんが、私の両親世代にとっては”キチガイ病院”なのです。

母はこんなことも言っていましたね。

「とまとをキチガイ病院に連れていくのか」

 

これは私の両親が昔の人間だからということもあるのでしょうが、人間性の問題ですね。

私の両親のように今90歳近い世代でも、精神病や精神科の病院に理解がある人もいるはずです。

 

母、馬鹿すぎて話になりません。

ですから、今後、介護はしませんし死んでも葬式にも行きません。

全て、母の身から出た錆ですね。

 

私の生来の精神病気質は父から受け継いだものです。

父は風変わりな変人と言われていました。

おそらく、発達障害だったのでしょう。

昔の人間なので診断されていなかっただけです。

 

母が馬鹿すぎるので父も苦労したことでしょう。

心を大切にしない人間は駄目ですね。

その強烈なしっぺ返しを母は今になって受けているのです。

 

私は母が嫌いです。

私は父譲りの利発さを受け継いだことで、頭の悪い母とは話になりません。

 

それでも、今、ずっと見守ってくれている主治医との相性はかなり良好です。

それでいいですね。

必ずしも理解者は肉親とは限りません。

 

母ももう、いつ死んでもおかしくない年齢ですから、ざまあ見やがれと思っています。

生まれながらの精神病気質でも、楽しく生きていく方法はいくらでもあります。

私はこのままでいいのです。