そして最後は誰もいなくなる

本編の前にご案内です。

このブログ「とまとの呟き」の姉妹版、「とまと文学部」で小説も公開しています。

最新話の更新は毎週日曜日の夕方以降です。

「とまと文学部」では新作の『技術者 桜木賢一郎』を書いています。

下のバナーをクリックで物語が読めますよ。

バナーのリンクは第一話が出ますが、それより後の話はパソコン版、スマホ版ともにページの一番下にタイトルが出ています。

そこをクリックで最新話の前の話も読めますよ。

よろしくお願いします。 

tomatoma-tomato77.hatenablog.jp

イラストはイメージです。

 

前回、書いたように今は参院選の真っ只中です。

私はX(Twitter)でも活動していますが、そこでも選挙の話題がたくさん投稿されています。

 

そこでは外国人が悪だと言わんばかりの投稿が注目を集め、批判されたりしています。

分断を煽るような投稿ですね。

今日のイメージ画像のような外国人を見下したり、悪であるかのような悪意のある投稿もあったりします。

 

そんな中こんな意見もあります。

『今は外国人排除を言っていても、その次には高齢者、そのまた次には障害者、そして女性。このように次々と差別の対象が増え、今は良くても自分も排除の対象にされるかも知れない。決して他人事ではないのだ』

こう言っている人がいましたね。

仰る通りです。

 

誰かを排除するのは狭量さ以外の何ものでもありません。

死んだ父がよく言っていました。

「ここからここまでと線を引き、こっちからは良し。こっちから外は駄目。なんと愚かなことか」

 

そうです。

これです。

わざわざ線引きして、その中に収まるものは良しとし、収まらないものは価値を認めない。

こうして分断は進みますが、あれも駄目、これも駄目と言っていたらそのうち誰もいなくなってしまいますよね。

 

父はこうも言っていました。

「日本には資源がない。あるのは人間だけだ」

そうですね。

しかし、分断を煽り、枠をはみ出す人が増えることは人間を大切にしないことです。

日本の唯一とも言える資源、人間を大切にしなければ日本は沈みます。

 

ちっぽけな枠を当てはめて人間を分けるなどということは愚の骨頂ですね。

父が言っていたのは”寛容さ”の大切さです。

私にもそれを一番に大切にするよう、父は普段から言っていました。

 

選挙の時期に限らす、日本は不寛容が蔓延り沈没寸前です。

父の名言は数々ありますが「日本人は狂っているんだ」というものもあります。

私がまだ幼子だった1970年代から父はそう言っていました。

 

父が名言を放った1970年代から日本人は何も進化していないんですね。

寧ろ悪化していませんか?

不寛容さこそ日本没落の原因ですね。

悔い改めるのは今しかないのです。

最後は誰もいなくなるなどということがないように、悔い改めるのは今ですね。