成人式なんてダサい

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tomatoma-tomato77.hatenablog.jp

イラストはイメージです。

 

タイトルそのままです。

私は成人式などダサいと思っています。

 

自分が成人を迎えた時からそう思っていました。

当然、成人式には参加していません。

 

どうしてそう思うかというと、はたちを迎えて着飾ってはしゃぐことに強烈な違和感を感じていたからです。

私は若い頃、10代の頃はものすごく突っ張っていました。

1980年代のツッパリくんではありませんが、物事、世の中に対して如何なものかと思うことが多く、常に批判的に物事を捉えていたのです。

 

はたちは単なる通過点に過ぎないと考えていました。

人生とは30歳、40歳、50歳と年齢を重ねるたびに突っ張る角度を尖らせるものだと私は考えていました。

 

ですから、はたちになったっからと言って着飾ってはしゃぐのは極めて馬鹿馬鹿しいことだと考えていたのです。

私は成人式に出ないのはもちろん、晴れ着も着ませんでしたし記念写真も撮っていません。

 

この突っ張った私はそのまま60歳近い年齢になりました。

今でも若い頃とあまり変わっていませんね。

 

はたちなんて元気ではつらつとしていて当たり前です。

そうではなく、50歳になっても元気ではつらつ、つまらない大人にならず尖ってい続ける。

これが人生だと考えていましたし、今でもそうです。

 

その結果、私は若い頃、いいえ、子供の頃、10代の頃に思い描いていた通りの大人になれました。

今週は前厄の厄払いをしてもらいます。

人生最後の厄年は数え年61歳ですよね。

それに伴う前厄と後厄もありますから、まずは前厄の厄払いを神社にお願いしています。

 

私は今の私のような60歳になりたかったのです。

突っ張っていて、尖っていて、妥協せず、流されない。

こうでなければ駄目です。

 

成人式になんて参加しなくて良かったです。

あの頃、突っ張っていた私は自分がなりたかった自分になっています。

このまま突っ走ればいいですね。

 

人生最後の厄年が終われば、昔はもう死ぬ年齢だったのでしょうが今は違います。

今は人生最後の厄年を終えたら、ますます躍進する時代です。

私は60歳になったら最強のばばあになります。

はたちの頃の私が思い描いていた、最強のばばあになります。