ひたすらリハビリ

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イラストはイメージです。

当分は骨折、治療の話をテーマにします。

今日はリハビリの話です。

 

骨折した左手首は入院中からリハビリしていました。

今は毎週、週に一度取り組んでいます。

 

今はひたすら手術の傷跡を大事にする時期も過ぎて、痛くなるギリギリのところまで負荷をかけ手首を甘やかさない段階に入っています。

甘やかすと手首が固まって動かなくなってしまうので、痛みが出るギリギリまで体操をして可動域を広げる練習をしています。

 

予定ではリハビリは5月ころまで続くようです。

今は少し負荷をかけて可動域を広げる段階ですが、リハビリの先生によればまだまだ先は長いようです。

 

今、動かせない部分はあっても気にすることはなく、これから動くようになるとリハビリの先生は仰っています。

リハビリは毎週ですが、診察は2、3週に一度のペースです。

骨が完全につくのはまだ何ヶ月か先のことになるそうです。

だから診察は毎週ではないのでしょう。

毎週、レントゲンを撮ってみても変化はないのでしょう。

何ヶ月か単位で見ればやっと変化が出るのでしょう。

 

それでも、進歩はしています。

こうしてブログを書く時、両手でパソコンのキーボードを叩けるようになりました。

以前は骨折していない右手だけで叩いていたので、かなりやりにくかったのです。

 

まだ完全に自由自在に動かせないのですが、左手も使ってキーボードを叩けるようになりました。

少しずつですが快方に向かっています。

以前はこわばった感じでパソコンのキーボードが叩けなかったのですが、そのこわばった感覚がなくなってきました。

 

リハビリの先生が仰るように、まだまだ動く範囲は広がるでしょう。

左手はこんなにいろんな角度や向きで動いて、日常の様々な動作をしていたんですね。

そのことを改めて実感しました。

 

春になるまで、春を過ぎるまでリハビリは続きます。

春も左手首の回復も今から楽しみですね。

 

 

 

不自由な左手にも慣れてきました

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イラストはイメージです。

 

左手首の骨折から4週間が経ちました。

いい意味で慣れてきましたね。

精神的にも余裕が出てきました。

 

入院中は手術した傷跡が痛かったり、左手首が動かなかったり不安がありましたが、今は左手が不自由なことに慣れてきました。

左手が思うように動かなければ、それなりに右手で補ったり工夫をして乗り切っています。

 

頭をよく使うようになりました。

この動きをするためには体のどの部分をどう使えばいいか?

左手がここまでしか動かないから、他の部分をどうやって動かせばいいか?

よく考えながら動くようになりました。

 

全治3ヶ月なのでこういう生活はまだまだ始まったばかりですね。

とはいえ、日に日に回復に向かい、昨日できなかったことが今日はできるようになるという感じなので、療養中の今しかできないことだと考え楽しんでいます。

 

体はいろんな部位が集まって一つのものなので、各部位が補い合って働くのだとわかりました。

 

今は家でもリハビリをしています。

通院の時にリハビリをするのですが、その時に教えてもらったことを家でも復習して努めています。

何でもそうですが、教えてもらったことはその時だけ受け身でやるのではなく、家に帰って反復練習をして自分のものにする。

こんな風に取り組むことで、身につくんですよね。

 

家でも自分でリハビリすることで、骨折した左手首の可動域が広くなったような気がします。

固まっていたものに柔らかさが出てきたようにも感じます。

はっきり進歩が感じられるので張り合いがありますね。

 

骨折なんて人生初です。

治療もリハビリも新しい発見ばかりです。

早く全快したいですが、今しかできないことを楽しむくらいの気持ちで過ごしています。

 

新しい自分の発見ですね。

正に「七転び八起き」の精神で頑張りたいです。

「転んでもタダでは起きない」とはこのことです。

全快する頃には成長した新しい自分になっていたいですね。

 

 

左手首骨折、療養の日々

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イラストはイメージです。

 

左手首を骨折して手術を受け、退院して1周間以上経ちました。

回復してるといえばしてますね。

でも、まだまだ左手首は思うように動きませんし、痛みが出ることもあります。

 

次は来週通院し診察を受けますし、リハビリは今週中もあります。

骨折、整形外科の治療ってリハビリが果たす役割が大きいんですね。

自分もその渦中にいることになって知りました。

 

特に手首を骨折すると手首そのもはもちろんですが、リハビリをちゃんとやらないと指が固まって動かなくなってしまうそうです。

だからリハビリが重要なのだそうです。

 

日常生活では痛みがない時はできるだけ左手を使うようにしています。

これも骨折してわかったことですが、左手は利き手でなくてもかなり使っていたんですよね。

簡単にできそうな動きでもできないことが多く、左手もこんなに使っていたのかと実感しています。

左手が使えないことが、こんなに不便だったとは。

痛感しています。

 

病気になったと言うより、転んでの骨折はどちらかというと事故ですよね。

私は事故に遭ったことはありませんでした。

もちろん、交通事故に遭ったことはありませんでしたが、転んで骨折、手術するほどの大怪我。

これはやはり、事故と言えますね。

 

とはいえ、塞ぎ込んではいません。

例えば、リハビリの先生は若い人ばかりで、1回40分ほどのリハビリ中はいろいろ雑談したりして楽しくリハビリできています。

 

手術してくれて退院後も外来で診てくれる先生は名医だと評判の先生ですし、今まで気づかなかった左手の大切さを実感し、これも勉強だと思って楽しむくらいの気持ちで療養しています。

 

とりあえず、今週から仕事に復帰します。

障害者が働くB型作業所で人形を作るのが私の仕事です。

人形作りはお裁縫です。

主治医の先生に尋ねると、裁縫は指先を動かしリハビリにもなるので許可が出ました。

できる範囲で無理せず仕事もこなしていきたいですね。

骨折、入院、手術、極めつきはパソコン爆死

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病室で飲んでいたコーラです。

 

 

ブログを更新できずにいた間、バタバタでした。

前回の更新で骨折の話をしていましたが、入院して手術を受けていました。

骨折した左手首に骨を固定するプレートを入れる手術ですね。

 

手術は大成功で術後3日めで退院しました。

リハビリ治療も受けているのですが、そのリハビリの先生から聞いた話です。

私を手術してくれた医師は腕の治療では全国的に有名な第一人者だったのです。

過去には、腕を切断しなければならないくらいの重傷の患者さんの腕を繋ぎ、指を動かせるほど回復させるような手術をやってのけるすごい先生だったのです。

 

そんなすごい先生に手術してもらえる私は持ってますね。

リハビリの先生や手術してくれた先生に教えてもらった体操を一日に何度か行っています。

ずっと動かさないでいると、手首や指が動かなくなってしまうので、体操を頑張っています。

 

非常に経過も良く、早く退院できてめでたしめでたし。

と、思っていたらパソコンが死んでしまいました。

爆死です。

 

「トロイの木馬」という悪質なパソコン乗っ取り、詐欺の襲撃を受けたのです。

入院前、2周間前にも攻撃されたので気持ちが悪く、ネットで調べたシステムの復元を試しました。

そして、システムの復元が完了後、起動しなくなったのです。

パソコン爆死。

 

修理の業者さんに相談すると、修理費は高額になるとのことでした。

そこで、思い切って新しいものを買う決心をしました。

ただ、あまりお金がないので、3万円台のタブレットを買いました。

このブログも今はその新しいタブレットで書いています。

 

骨折、入院、手術を終えたと思ったらパソコン爆死。

一難去ってまた一難といったところでしょうが、私は凹んでいません。

今年が前厄だからかとは思っても、凹んでいません。

寧ろ、運命が流れていると思います。

流れる運命の中、私は何か、チャンスを掴めるのだと確信しています。

 

 

左手首骨折、大怪我です

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「とまと文学部」では新作の『皇女 イズミ』を書いています。

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左手首を骨折しました( ;∀;)

 

先週の土曜日に雪道で転んで怪我をしました。

映画を見に行く予定があり、映画館に向かっていたら転んで怪我をしました。

 

土曜日だったので救急の病院で骨折の診断、応急処置をしてもらい、昨日病院に行って診断してもらったのですが、全治3ヶ月で手術も必要なので来週から入院します。

 

トホホですね。

前回の記事が厄払いの話でしたが、やはり今年が前厄だからでしょうか。

 

怪我をする前日、パソコンの画面に「トロイの木馬」が表示されて追い払ったり、楽しく利用しているTwitter(X)でアカウントが乗っ取られそうになり、不届き者を撃退していました。

ただ、この程度で済んでいるとも考えられます。

 

とはいえ、大怪我しても私は全く凹んでいません。

開き直って、なかなか経験できない状況を楽しんでやろうとも考えています。

正に”転んでもタダでは起きない”ですね。

 

手術は折れた骨を固定するためにボルトを入れるものになりそうです。

ボルトは1年くらい入れっぱなしで、それを聞いた私は大好きなサウナに入ってもいいのかを真っ先に検索して調べました。

 

こんな感じなので全く懲りていません。

とりあえず、また転ばないように気をつけてはいます。

 

前厄で手術が必要な大怪我。

なんのこれしき!ですね。

「七転び八起き」とはこういう時のためにある言葉と考え、療養を楽しむくらいの気持ちで進みます。

厄払いに行ってきました

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写真はイメージです。

 

先週、神社で厄払いして頂きました。

私は今年、数え年60歳の前厄です。

本厄も含めると今年から三年間は厄年ですね。

 

事前にどこの神社で厄払いをしてもらうか電話で問い合わせたりしたのですが、神社によっては女性の数え年61歳を本厄としていないところもありました。

何軒かの神社に問い合わせ探してみると、女性の数え年61歳を本厄として厄払いしてもらえるところがありました。

その神社で数え年60歳を女性の前厄として、厄払いをしてくれるということだったのでお願いすることにしました。

 

厄払いは19歳の時以来です。

33歳と37歳は厄払いしませんでした。

そのせいか、33歳の時に父が死に、37歳の年には2回も入院しました。

厄年は迷信ではないと私は考えています。

そこで、61歳を中心とする厄年の三年間はきっちり厄払いしてもらいたかったのです。

 

厄払いは電話で予約し、当日行ってみると土曜日だったこともあって多くの人が集まっていました。

19歳の時の厄払いのことはもう忘れていたので、どんなことをするのか全くわからないまま厄払いが始まりました。

 

無事に厄払いを終えて感じることは、寧ろいいことがありそうな気がすることです。

正にピンチはチャンスといったところですね。

厄払いして頂いた神社では、初詣の時に大吉のおみくじを引いていましたし。

 

今年は前厄の数え年60歳ですが、人生最後の厄年なんですよね。

昔はこの年齢を過ぎたら死んでも不思議ではなかったのでしょう。

私は寿命が延びたぶん、70代、80代でも厄年があっても不思議ではないと考えています。

認知症になる可能性が高くなる年齢や、本当に死が近くなる年齢は現代では70代、80代ですよね。

60歳が最後の厄年になり、その後はないのは昔の寿命で数える考え方ですよね。

 

今は60歳といっても若いです。

昔とは全く違います。

私自身も老人という意識は全くありません。

今は60代どころか、70代になっても若々しい人が多いです。

私もずっと元気で綺麗で若々しくいたいですね。

 

そうでなければならないでしょう。

日本は高齢者の数が爆増しています。

今の高齢者のように若者の世話になれると考えてはいられないですね。

 

そんなことを厄払いの間にも考えていました。

厄年だから不吉と考えるのでなく、ピンチをチャンスに変える。

今日のイメージ写真のように厄年は人生の変わり目であり、自らが自分の人生を変えていく時だと考えています。

老け込むのではなく、自立した高齢者になれる準備、努力をする。

これが今の60歳に求められることだと思います。

厄年は飛躍の「躍年」にしたいですね。

 

 

 

成人式なんてダサい

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イラストはイメージです。

 

タイトルそのままです。

私は成人式などダサいと思っています。

 

自分が成人を迎えた時からそう思っていました。

当然、成人式には参加していません。

 

どうしてそう思うかというと、はたちを迎えて着飾ってはしゃぐことに強烈な違和感を感じていたからです。

私は若い頃、10代の頃はものすごく突っ張っていました。

1980年代のツッパリくんではありませんが、物事、世の中に対して如何なものかと思うことが多く、常に批判的に物事を捉えていたのです。

 

はたちは単なる通過点に過ぎないと考えていました。

人生とは30歳、40歳、50歳と年齢を重ねるたびに突っ張る角度を尖らせるものだと私は考えていました。

 

ですから、はたちになったっからと言って着飾ってはしゃぐのは極めて馬鹿馬鹿しいことだと考えていたのです。

私は成人式に出ないのはもちろん、晴れ着も着ませんでしたし記念写真も撮っていません。

 

この突っ張った私はそのまま60歳近い年齢になりました。

今でも若い頃とあまり変わっていませんね。

 

はたちなんて元気ではつらつとしていて当たり前です。

そうではなく、50歳になっても元気ではつらつ、つまらない大人にならず尖ってい続ける。

これが人生だと考えていましたし、今でもそうです。

 

その結果、私は若い頃、いいえ、子供の頃、10代の頃に思い描いていた通りの大人になれました。

今週は前厄の厄払いをしてもらいます。

人生最後の厄年は数え年61歳ですよね。

それに伴う前厄と後厄もありますから、まずは前厄の厄払いを神社にお願いしています。

 

私は今の私のような60歳になりたかったのです。

突っ張っていて、尖っていて、妥協せず、流されない。

こうでなければ駄目です。

 

成人式になんて参加しなくて良かったです。

あの頃、突っ張っていた私は自分がなりたかった自分になっています。

このまま突っ走ればいいですね。

 

人生最後の厄年が終われば、昔はもう死ぬ年齢だったのでしょうが今は違います。

今は人生最後の厄年を終えたら、ますます躍進する時代です。

私は60歳になったら最強のばばあになります。

はたちの頃の私が思い描いていた、最強のばばあになります。