精神の問題を抱えて作業所に通う

昨日、家の中を片付けていたら、以前に通っていた作業所の資料が出てきました。

 

精神の問題を抱える仲間の中には、このような作業所に通っている人も少なくありません。

私は今は通っていませんが、何年か前に通っていたことがありました。

 

そこはお給料は安いですが、社会復帰の訓練のため、或いは社会との接点を持つためなど、様々な目的で通ってくる仲間がいました。

 

私は当時の主治医の勧めで通い始めたのだと、懐かしく思い返しました。

当時、治療に専念していて社会との接点がなく、少しでも外に出てみてはどうかと、主治医に勧められましたね。

 

その作業所では、軽作業以外にも施設内の掃除をしたり、当番で昼食の支度をしたり、いろいろな仕事がありました。

 

私の作業時間は午前中だけで、当番が作った昼食を皆で食べる時間がありましたが、私は食べずに帰宅していました。

その頃の私は摂食障害もあり、人と食事をすることはできなかったのです。

 

昼食もそうですが、誰かと何かをするのが、最後まで馴染めませんでした。

 

そのような理由で作業所には長く通わず、すぐに辞めてしまいましたね。

 

元来、一人で何かをするのが好きなので、単純な作業といえど皆で取り組むのが合わなかったのです。

 

作業所の仲間と仲が悪かったという訳ではなく、誰かと何かをするよりは一人で進める方が好きなんですよね。

それは、今でも変わりません。

 

逆に、仲間がいるから意欲的に取り組めるという人もいることでしょう。

社会との接点を持つために、敢えて集団生活の中に自らを置こうという人もいることでしょう。

 

作業所に通う理由は様々です。

 

先々の自立に向かって努力をしている人は多いことでしょう。

 

私にとって、先々の自立を目指すとはどういうことか、考えてみました。

やはり、一人で何かをするのが好きなので、文章を書くことを仕事に繋げられたらいいと考えています。

 

思えば、以前、作業所に通い始めたきっかけは主治医に勧められたことでしたが、集まって作業をすることには最後まで馴染めませんでした。

作業所に通うことを勧めてくれた主治医に、一人で何かをする方が私らしいと申し出て、作業所を辞めたのでした。

 

昨日はその頃の資料を見つけて、懐かしい気持ちになりましたが、今すぐは作業所通いに復帰する気持ちにはなれません。

無理をして行っても続かないでしょうし、最近は強迫性障害の傾向も強く、病状が落ち着きません。

 

それよりも、在宅でパソコンがあればできる仕事の方が、私には向いています。

何事も自分の適性と興味と能力に合ったことに取り組めばいいですよね。

 

それをじっくり見極める時間が取れると考えれば、精神の問題に向き合うのも悪くはないです。

 

 

Come on!ALFEE!!「すべってもいい話」をふり返る

今夜のCome on!ALFEE!!終わりましたね。

テーマは「すべってもいい話」ということでしたが、すべる話というより普通の雑談のようだったと思うのは私だけでしょうか。

 

Come on!ALFEE!!には台本はあるのでしょうか?

ある程度はありそうですが、アドリブや普段と変わらないフリートークの部分も多そうです。

 

ライブの時のコントの時間もそうですが、フリーな感じのトークも安心して見ていられる安定感がTHE ALFEEにはありますよね。

 

予想以上に曲も多く、楽しめました。

特に後半、懐かしい雰囲気のフォークな曲が多くて寛げました。

 

私は個人的には、LONG WAY TO FREEDOMやSWEAT&TEARSのような、気合いの入った曲が好きなのですが、フォーク調な曲もいいですね。

デビュー当時に歌っていたような懐かしいフォーク調の曲を聴くと、THE ALFEEのキャリアの長さを感じ、歌に対する変わらない姿勢がうかがえて安心します。

 

次回の配信も実に楽しみです。

 

ところで、配信中メンバーも話していましたが、リアルなライブも持ち望まれます。

はっきりと口に出しては言いませんが、リアルなライブを休んでいることで、メンバーも様々なことを考えていることでしょう。

 

ただ、今すぐにと慌てるべきではありません。

このブログで何度も申し上げているように、やるべき時にやるべきことをやらず、辛抱すべき時に辛抱しない者に明日はありません。

冷静に状況を見極めて、これで安心、安全という時までじっくり待つべきです。

 

気は早いですが、Come on!ALFEE!!Season2の最終回にでも何かの発表があるといいですね。

 

或いは、武道館でのライブ。

昨年は配信の形でライブを披露してくれました。

 

今年ももう武道館を借りているかも知れませんね。

ライブを行う会場は、かなり早くから借りていそうですから、今年のクリスマスの日程でも借りているかも知れません。

 

配信になるのかリアルのライブになるのか。

状況はまだ予断を許しませんが、ALFEEなら必ず何かやってくれそうですよね。

 

その時は、私も駆け付けたいですが、どうなることでしょう。

 

全てのアル中の同志がリアルなライブを待ちわびていますから、リアルのライブが可能になったら、いろんな意味で大爆発しそうです。

チケットは取れるのでしょうか?

 

その点においても、ファンへの愛情が深いTHE ALFEEのことですから、創意工夫してくれると思いませんか?

長らく待たせたことをバネにして、思う存分に楽しませてくれることでしょう。

 

繰り返しになりますが、辛抱すべき時に辛抱しない者に明日はありません。

じっと耐え忍んで待つぶん、そこを抜けた時の喜びも大きいです。

 

今後のTHE ALFEEに大いに期待したいものです。

先ずは次回のCome on!ALFEE!!が楽しみです。

「コントSpecial」ということですから、お腹の底から笑わせてもらいましょうね。

 

結びつき合う心身

昨日は胃カメラの検診を受けてきた話を書きました。

今日はその続きになります。

 

昨日、無事に胃カメラの検診を終え、今日は美味しく食べられる幸せを噛みしめていました。

お腹がいっぱいになると、幸せな気持ちになります。

なぜなのでしょう?

 

胃は心の働きと密接な結びつきがあるからではないでしょうか。

食べて幸せになるのと真逆の心境、ストレスを感じると胃が痛くなると言います。

ストレスを感じたり、逆に美味しい物を食べて満腹な時、その時の心の動きが胃には表れるのでしょう。

 

喉越しという言葉にもあるように、口から食べ物が入り、喉を通り、胃に収まると私たちは幸せを感じます。

食べることは生きることですから、口から入った食べ物が胃に収まることで生きることに対する原始的な欲求が満たされ、幸せを感じるのではないでしょうか。

 

昨日、胃カメラ検診を終えて、美味しく食べられる喜びを感じていたら、このようなことを考えていました。

 

ところで、私は高校に進学した当初、医学部を目指していました。

小学生の頃から離人症の症状が出たり、中学生の頃には摂食障害にもなった私は精神科医を目指そうと考えていました。

 

結局、医学部には進学せず、大学ではインド哲学という学問を学びましたが、検診や治療、検査などで病院に行くと人体の不思議について考えます。

もし、医学部に進み医師になっていたら、この人体の不思議を学ぶことができたのだろうと思います。

 

病は気からとも言われるように、心と体は密接に繋がっています。

食べることは生きることと繋がっていますから、快い感覚として認識される食べることは、生きる力そのものなのでしょう。

 

このような不思議を考える時、医学部に進んで医学を学び、人体の不思議を解き明かすことに近付くのも良かったかなと思いますが、インド哲学を学んだことも有意義なことでした。

 

インド哲学が扱う領域は多岐にわたりますが、医学においても重要な倫理観や生命観を学ぶこともできました。

人間は心と体が結びつき合っているので、化学反応のような薬だけで生きるのではなく、なぜ生きるのか、なぜ生きていたいのか、死とは何か、その他さまざまな問いに対する答えを探しながら生きています。

 

この問いに対する答えのヒントがインド哲学にはあります。

 

人はパンのみにて生くるものにあらずとも言われますが、その通りで、人間は心が満たされないと生きていくことができません。

 

私にとっては、心を満たし人生の道しるべになったのがインド哲学でした。

昨日、胃カメラ検診を受け、美味しく食べられる喜びを嚙みしめながら、生きることについて考えていると、心と体の結びつきを意識していました。

 

美味しく食べられるから幸せを感じ、幸せを感じるから美味しく食べられる。

このような行ったり来たりを意識することで、人間はますます生きる喜びを感じ取ることができるのでしょう。

 

 

 

定期健診に行ってきました

昨日はブログの更新をお休みしました。

胃カメラの検診に行くため、昨日は早く寝なければならなかったのです。

 

胃カメラの検診は飲まず食わずで行かなければならないので、午前中の早い時間帯に病院に行きたかったのです。

一刻も早く検診を受けて、一刻も早く解放されたい。

その一心で今日は朝早くから病院に行ってきました。

 

私は胃カメラ大腸内視鏡乳がんの定期健診を毎年受けています。

胃、大腸、乳房は日本人に多い癌ですし、父は消化器系の癌で命を落とし、母も早期の胃がんで治療を受けたことがあります。

 

ですから、私も可能な限り癌を早期発見し、見つかれば早期に治療したいと考えています。

 

もう一つ、癌と言えば、私は子宮頸がんに罹った経験があります。

幸い、早期発見で今は元気そのものです。

手術を受けた後、残った部分が数年後に高度異形成という状態になり、未だに経過観察中ですが、こちらも定期的に通院し状況を把握しています。

 

そういう訳で、私は定期的な検診と縁が切れません。

しかし、それで良いのです。

 

人間は必ず病気になります。

人間が病気に罹る確率は100%です。

病気にならない人間はいません。

 

私も普通の人間ですから、子宮頸がん後、また別の部位が癌になるかも知れません。

できる限り、検診を受けて先手必勝で臨みたいと考えています。

 

定期的な検診を受ける習慣のない方、今からでも遅くありません。

かかりつけ医に相談したり、今はネットでも病院の情報に触れることができますから、気になることがあったら病院に行ってみませんか?

 

私が今日お世話になった病院は、もう20年以上通っている病院です。

ずっと胃カメラ大腸内視鏡の検診でお世話になっています。

 

それほど大きくはない病院ですが、私はこの病院には全幅の信頼を寄せています。

20年以上にわたり、お世話になっている先生はカメラや内視鏡では定評のある先生で、腕が良く見る目も確かで安心して受診できます。

 

お人柄も素晴らしい先生で、毎年行きますが病院はいつも混んでいますね。

 

そして、この先生、見た目もかっこいいのです。

私よりは年上で、大ベテランの先生ですが、私は「ベテランイケメン先生」と密かに呼んでいます。

 

精神の問題以外には健康そのものな私は、この「ベテランイケメン先生」に一年のうち、胃カメラ大腸内視鏡検診以外ではお会いできないのが寂しいくらいです。

 

このように、何か楽しみがあれば病院に行くのも楽しいのではないでしょうか。

私は「ベテランイケメン先生」にお会いするのは楽しいですね。

先生があと何年、現役を続けてくださるか、気になって仕方ありません。

 

さて、父が消化器系の癌で命を落としたと上述しました。

どこが癌に罹っても大変ですが、食道楽だった父が最後は水も飲めなくなって死んでしまった苦しみは、筆舌に尽くしがたいものがありました。

 

もう少し早く病院に行っていたら、父の運命は違ったものになっていたことでしょう。

 

私は父の姿を反面教師とし、生き残らなくてはなりません。

できることを、できる範囲でやるしかないですが、先ずは気軽に受けられる検診を受けることで自分の心身を大切にしたいと考えています。

 

病院に行かないことは自慢でも何でもありません。

病院と上手に付き合い、自分の心身をメンテナンスすることこそ、自慢できることです。

 

私も今年の検診は、大腸内視鏡乳がん検診、そして子宮頸がん後の定期的な検査と続きますが、一病息災ならぬ万病息災で進んで行こうと考えています。

 

 

 

今日は通院の日でした

今日は精神の病院に通院する日でした。

私はいつも午後から行くことにしているので、お昼を過ぎてからゆっくり出かけました。

 

今日は病院は混んでいましたね。

今は回復していますが、摂食障害を治療していたこともある私は毎回体重を測定されます。

 

最近、太ってきたので体重測定は嫌なのですが、規則なので受け入れています。

 

今、治療しているのは双極性障害強迫性障害です。

特に強迫性障害は悪化しているので、主治医も注意して診てくれています。

 

強迫性障害が悪化し、何度も同じことを確認しないと気が済まなかったり、ある種の恐怖にも苦しめられているせいか、気分が低空飛行なので主治医がいくつか質問してくれました。

主治医のアドバイスは、気になって仕方がないことから思い切って離れること。

同じところをグルグル回る、反すう思考から抜け出すには違うところに自分の興味を移してみるということですが、なかなか上手くいかないんですよね。

 

私が同じところをグルグル回り、反すう思考に取り憑かれているからでしょうか、主治医は治療のこととはあまり関係のないことも質問してくれました。

 

一つは私が書きたい小説のことで、もう一つはブログ以外のネットのサービスで、私が主に活動しているTwitterのことでした。

治療のこととはあまり関係がなさそうなことを質問することで、主治医は私が反すう思考以外のことに、どれだけ関心を保てているか確かめたかったのでしょう。

 

私も治療とはあまり関係のないこと、私が興味を持ちエネルギーを注いでいることを尋ねられて、積極的に答えることができました。

 

小説については、今は非公開の形で下書きを作っていること、Twitterについては私自身がTwitter上で治療や障害について差し支えない範囲で、オープンにしていることを答えました。

特にTwitterの場では同じ悩みを抱える仲間と繋がり、気持ちを分かち合っていることを主治医に話してみました。

 

Twitterの仲間で思いを共有している方々は、精神の問題を抱えている方々です。

疾患を治療していたり、障害がある方ですね。

 

私自身も上記のように、双極性障害強迫性障害を治療中ですし、生まれながらの障害、自閉症スペクトラム障害があります。

自閉症スペクトラム障害発達障害の一種であり、発達障害を抱えている方でTwitterの繋がりがある方も少なくありません。

 

リアルでは会えなくても、ネットの普及で同じ思いの仲間が繋がることは容易になっています。

主治医が共感してくれたのも、この繋がりの部分です。

昔なら繋がることができなかった仲間とスマホ一つで繋がることができる。

 

ネットにはマイナスの面もありますが、同じ思いの仲間と繋がることができるのはプラスの面と言えます。

今日の主治医とのやり取りを通じて、いっそうその思いを強くしました。

 

主治医の狙いはそこだったのかも知れません。

主にTwitterの場で、同じ思いを仲間と共有し合っていると私の口から話をさせる。

そのことを通じて、私の気持ちをほぐそうとしていたのかも知れません。

 

そう考えると、Twitter様様ですね。

同病相憐れむとも言うように、同じ悩み、辛さを抱える者同士は支え合い、思いを分かち合うことが大切です。

 

主治医は私に質問することで、私の心の中にある思い、仲間と繋がり合うことで前向きになれる気持ちを引き出そうとしていたのかも知れません。

 

 

恐怖の注射

注射って恐怖ですよね。

注射をされる時に看護師さんに「チクッとしますよ」と言われますが、チクッとではなくブスッとだと思いませんか?

 

私はなぜか血管が出にくく、検査や治療で注射が必要な時に痛い思いをすることが多いです。

 

定期的に通っている精神の病院では、飲んでいる薬の効果を見るために、割と頻繁に血液検査が必要らしく採血のために注射をされます。

 

これが悪戦苦闘なんですよね。

看護師さんも一生懸命にしてくれるのですが、一番多い時で5回くらい失敗したことがありました。

ここまでくると、恐怖の注射です。

 

注射が好きな人はいないと思いますが、それでも1回でうまく針が刺さるから我慢できるのであり、何回もうまく刺さらないと本当に注射が嫌いになります。

 

若い頃はそうでもなかったので、年齢を重ねたことで血管が出にくくなったのでしょうか。

 

明日は定期的に通っている精神の病院の通院日で、前回の通院で受けた血液検査の結果がわかります。

飲んでいる薬がどれだけ効いているかは、主治医が判断することですが、一般的な検査結果、例えば肝機能などについては私も資料を頂けます。

定期的に健康診断を受けるようなものなので、有意義なことですが、その結果を得るために恐怖の注射は避けて通れず、気が重くなります。

 

検査での注射と言えば、毎年受けている大腸内視鏡の検査と、入院して受ける子宮頸がん後の経過観察の検査での注射も、うまくいかないことが多いです。

 

どちらの検査も必ず必要な検査であり、避けることはできません。

その避けられない検査についてくるのが、点滴です。

 

大腸内視鏡検査では痛み止めのために薬を使うのですが、それを点滴で入れますし、入院して受ける子宮頸がん後の経過観察の検査は全身麻酔で受けます。

子宮頸がん後の経過観察の検査で必要な全身麻酔は、検査前に点滴の針を刺しておき、そこから麻酔を入れるらしく、検査前に病室で待機している間に注射針を刺されますが、その針がなかなか入らず、これも看護師さんが悪戦苦闘していますね。

 

しかも、点滴の針は太めで、うまく刺さらないと恐怖すら感じます。

子宮頸がん後の経過観察の検査で、最悪な時は数回試みても針が刺さらず、検査を受ける手術室にいた医師に針を刺してもらい、なんとか成功したこともあったくらいです。

 

大腸内視鏡検査でも、同じような感じですね。

痛み止めの薬を入れるため、点滴の針を刺そうとしてもなかなか刺さらない。

針を刺すのに失敗した痛みを感じないように、注射の前に注射が痛くない麻酔をする方法ってないんでしょうか?

 

注射や点滴のたびに恐怖です。

 

しかし、治療に必要な検査や、今は問題がなくても定期的な検診は必要です。

昨日も書きましたが、人間は必ず病気になるので、知らない間に隠れていた病気が悪化しないように定期的な検診や検査は大切にしたいです。

 

知らない間に隠れていた病気が悪化する恐怖に比べれば、注射の恐怖は小さなものです。

そこは我慢我慢です。

 

できれば注射はしたくありませんが、人間である以上は必ず病気になるので、重症化しないよう備えあれば憂いなしの精神で、恐怖の注射にも挑みたいものです。

 

 

 

福祉を利用して生きる~その2

以前、同じテーマ「福祉を利用して生きる」でブログを書きましたが、今回もそのテーマで書こうと思います。

 

自閉症スペクトラム障害があり、最近は精神疾患の治療も本格化した私は、すぐに働くことは困難で福祉のお世話になっています。

今日から生活保護を頂いて暮らすことになりました。

 

受給が決まるまでは、手続きのことなどで多くの方にお力添えを頂きました。

実は二度目の受給なのですが、初めて受給した時と比べて、手続きが大変だったような気がします。

 

年齢を重ねたぶん、手続きが大変だと感じるのか、通っている病院の主治医やケースワーカーさんに力を貸して頂きました。

 

今後は自分にできることを、できる範囲で取り組んでいきたいですね。

 

主治医のアドバイスは、保護を頂いて生活の基盤を安定させること。

そして、治療に専念し、私の生まれながらの障害、自閉症スペクトラム障害との付き合い方も見極めていこうということです。

治療に専念することで病状を改善させ、十分に回復すれば仕事を探しても良いのではないか。

これらが主治医のアドバイスなので、その通りに進みたいと考えています。

 

このブログも、原則、毎日書こうと思います。

文章を書くことは、私にとっての自己表現であり、外の世界と繋がる手段です。

生活保護を頂き、病気の療養に努めれば、外の世界から隔てられてしまいそうです。

外の世界との繋がりは大切にしたいですし、文章を書くことを生業にすることは、私にとっての自立の目標でもあります。

 

ブログを書くことで文章を書く腕を磨き、仕事にできれば良いと考えていますから、できるかできないかを考えるよりも、やるか、やらないか、取り組んでみるか、諦めるか。

これらの選択肢の中から、とにかく諦めずに取り組んでみることを選ぼうと考えました。

 

保護を受給しているからといって、無為徒食で過ごしていいはずはありません。

自分にできることを、できる範囲で取り組み、いつかは自立できるように努めることは、寧ろ望ましいことなのです。

 

私にとって、文章を書くことが即ち努めて進んで行くことです。

夢は文章を書いてお金を頂けるようになることですね。

 

可能か不可能かよりも、努力するかしないかの問題だと思うので、文章を書くことはやめません。

 

私以外にも、精神の障害や疾患で苦しむ仲間がいます。

皆、それぞれに努力をしていますし、福祉を利用して生きている仲間も少なくありません。

 

生活保護など、福祉を利用することは恥ずかしいことなのでしょうか?

それは違います。

 

人間は皆、必ず病気になりますし怪我もします。

人間が病気になったり怪我をするかも知れない確率は100%です。

 

こういうことに対して、貯金をすべきという自己責任主義の意見もありますが、全員が貯金できるほど高い賃金を受け取れるとは限りません。

ですから、福祉を利用して生きることは正当な権利です。

十分すぎる貯金があっても、いつかは底をついたりするかも知れませんし、何かのトラブルで全額を失うかも知れません。

 

貯金に頼ることに100%の保証はありませんが、病気に罹ったり怪我をするかも知れない確率は100%です。

 

人間は必ず病気になる。

この考え方は、以前に書いたインド哲学の話とも繋がります。

 

私は大学ではインド哲学という学問を学んだのですが、インド哲学の中には仏教の思想も含まれます。

その仏教の思想の中に「生老病死」の教えというものがあります。

 

人間は生まれる苦、年老いる苦、病にかかる苦、最後に死ぬ苦、この四つの苦から逃れられないとする教えです。

 

このように、古くからの仏教の教えにおいても「病気になる苦」は説かれているのです。

大昔から伝わる話に間違いはありません。

 

人間は必ず病気なるからこそ人間であり、それを支えるために福祉があります。

その福祉を利用することは正当なことであり、賢く利用して前向きに生きていきたいものです。