携帯電話の歴史

本編の前にご案内です。

この「とまとの呟き」の姉妹版で小説を書いています。

タイトルは『アンドロイドの楽園』といいます。

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よろしくお願いします。

tomatoma-tomato77.hatenablog.jp

 

昨日、元夫と暮らしていた家を見に行ったら、いろいろなことを思い出しました。

初めて携帯電話を持った時のことも思い出したので、今日はその話をします。

 

私はずっとauで20年近く契約しています。

携帯を持とうと元夫が勧めてくれたので、20年ほど前に初めて契約しました。

 

携帯を持とうというきっかけになったのは、元夫の職場のルールが変わったからなのです。

私は専業主婦、元夫は会社員でした。

元夫の仕事はコンピューターの開発です。

元夫がそう言っていたのですが、文系人間の私は未だに何のことかわかりません。

とりあえず機械に強い、最先端のコンピューターに詳しい。

そんなイメージで元夫を頼っていました。

 

もう20年以上前のことですから、職場のパソコンを業務用、私用の両方に使うことも元夫の会社では許されていたんですよね。

ですから、私は夕方になると元夫に直接メールして、夕食は何がいいかとか、そんな呑気な内容を送っていました。

 

今では考えられないことですよね。

業務に使うパソコンで、家族ととはいえ私用のメールを送受信するということは。

 

しかし、ある時、セキュリティの問題で私用は禁止されました。

今の常識では当たり前のことですが、当時の状況はかなり緩かったのです。

 

職場において私用でのパソコン使用が禁止となったので、さて、仕事中の元夫と私との間の通信手段を考えなければならなくなりました。

そこで、初めて携帯電話というものを持とうということになったのです。

 

元夫は携帯電話についての情報を調べてくれましたね。

20年ほど前はaudocomoくらいだったでしょうか。

元夫がauの代理店のような業者さんを調べてきてくれたので、私は特に迷うこともなく元夫の名義で携帯電話を契約しました。

当時は専業主婦で世間知らずな私は、元夫に任せっきりでしたね。

 

初めて手にする携帯電話。

実に面白い。

20年前はまだデータの定額制のプランはなく、着メロ(懐かしいですね)をダウンロードしまくり、ひと月で14万円もの請求がきたこともありました。

 

私は本当に世間知らずで、14万円もの請求がきた時、元夫に何と言って説明しようか参りましたね。

14万円もの携帯電話料金。

それでも元夫は払ってくれました。

本当に理解のある、懐が深い人です。

こういう人でなければ、私のような者の夫は務まりませんね。

 

私がこういうハチャメチャな人間なので、おそらく元夫の今の奥様は私と正反対のタイプだと思います。

常識があり、人任せにせず、弁えている。

 

携帯電話といえば今や生活の必需品ですが、私は初めて手にした時、高性能のおもちゃ程度に思っていたんですよね。

 

因みに、今までの携帯電話は全て手元に置いてあります。

外観からして昔のものと今のものは違っていますよね。

 

画面は大きくなり、二つ折りのものがスマホへと変わってきました。

これから先の携帯電話はどんな形、どんな性能に進化してゆくのでしょうか。

どんどん進化するテクノロジーに置いていかれないように、好奇心を磨いておきたいものです。