THE ALFEEバブル

昨日、一昨日とTHE ALFEEの話をしたところ、実に多くのアクセスがありました。

THE ALFEEを共に応援するアル中の同志の皆様にご覧いただいたのだと思います。

 

誠にありがとうございました。

 

さて、今日はTHE ALFEEの話を半分、違う話を半分。

この割合でお話を進めたいと思います。

 

このブログ「とまとの呟き」は、THE ALFEEに特化したブログではなく、いわゆる雑記ブログです。

基本的に私がその日、思いついたことを書き散らすブログです。

 

いつまでも、THE ALFEEの話では引っ張れないので、明日以降はまた日常に戻ることと思います。

 

昨日、一昨日と多くの方にご来場頂き見て頂けた訳ですが、

一気にアクセスが増え、私の中では『THE ALFEEバブル』とでも言うべき現象でした。

 

Twitterでもそうですが、THE ALFEEという語を入れることで、見られる確率がグンと高くなります。

THE ALFEEは耳目を集めるコンテンツなのです。

 

昨日は、私に自閉症スペクトラム障害という発達障害があるために、多くの人と視点が異なっているというお話もしましたが、それを抜きにしても私の視点は一般的なものからずれています。

 

どのくらいずれているかと言うと、もうかなり昔の話ですが、精神疾患の治療で大学病院の精神科・閉鎖病棟に入院していたことがありました。

 

その時に診断されたことが、私のパーソナリティーはかなり特異なもので、私が丸く見えているものは、周りの方には四角く見えているというものでした。

主治医曰く「とまとさんは、平たく言うと変わった人です」。

 

何ということでしょう。

大学病院の偉い先生に”変人認定”されてしまいました。

 

このような私ですから、かなりの天邪鬼でもあります。

 

THE ALFEEとは耳目を集めるコンテンツであるという話に戻ると、つまり、私はこのような優れたコンテンツにも頼りたくないと思うのです。

 

既成のコンテンツに頼るのでなく、自分のオリジナルな発想で0(ゼロ)から起こすことを目指したい。

そういう欲求が強いので、ブログにおいてもTHE ALFEEというコンテンツに頼らず、通常運転に戻してこそ読者を獲得したいと考えています。

 

耳目を集めるコンテンツを扱えば、アクセスは伸びるかも知れませんが、それは私の本当の実力ではない。

0(ゼロ)から起こしたものが多くの方に見て頂けるようになってこそ、一人前の文章が書けたと思うので、既成のコンテンツには頼らず進もうと思います。

 

今後、またTHE ALFEEをめぐる大きなニュースが出て来た時になってみないとわかりませんが、今のところは一旦、THE ALFEEの話題は終了にします。

一気にアクセスが伸びた『THE ALFEEバブル』は一旦終了です。

 

今後、このブログ「とまとの呟き」で、THE ALFEE以外の話題でも楽しめるという方は大歓迎です。

 

ところで、別の意味で『THE ALFEEバブル』という言葉を捉えてみたいと思います。

今の10代、20代の若いアル中さんは、完成形のTHE ALFEEのイメージが強いでしょうか。

 

私は50代。

無名の時代からTHE ALFEEを認識していました。

 

そこから、1983年のメリーアンの大ヒットで、THE ALFEEは一気に浮上します。

私は個人的に、この1983年からの数年間ほどの時期を『THE ALFEEバブル』と呼んでいます。

 

つまり、一気にヒット曲は出たけれど、芸能界は水物の世界です。

正直、THE ALFEEがどこまで行けるかは未知数な部分もありました。

 

それが、1年たち、2年たち、3年たち、着々とその地位を不動のものにしていったという感じでしたね。

 

今、振り返ってみれば、結果的に『THE ALFEEバブル』にまつわる不安は杞憂に終わった訳ですが、1980年代の前半頃まで、10代の終わりから20代だった私は、THE ALFEEの進む方向を案じていたのです。

 

アル中の皆様は如何でしょうか?

メリーアンのヒット後、THE ALFEEがどこまで行けるか、不安になることはありませんでしたか?

 

私がこのような不安を完全に払拭したのは、1989年の「DNA Communication」の発表以降ですね。

 

今は皆様、普通に聴いていますが、1980年代にあのコンセプトはアヴァンギャルドでシュール、いきなり「遺伝子」に関することがコンセプトという発想は、かなりブッ飛んだものに感じました。

 

これだけブッ飛んでいても、THE ALFEEはますます驀進しました。

この時からですね、THE ALFEEはどこまで行けるかという不安が払拭されたのは。

THE ALFEEバブル』は、弾けることなく杞憂に終わった訳です。

 

THE ALFEEは弾けて消えるバブルではなく、不動の地位を確立し、今も精力的に活動し更なる進化を遂げようとしています。

 

さて、このDNA Communicationが発表された1989年ごろ、日本の経済はバブル景気に湧いていました。

 

私は大学生で、今で言う就活をする時期に差し掛かっていました。

卒業後の進路を決めるにあたっても、THE ALFEEの歌の”教え”が私を導いたのは言うまでもありません。

 

その頃の就職の花形は金融関係という傾向がありました。

銀行、証券会社などからお誘い頂き、お声がけして頂いたこともありました。

 

でも、私はそちらに行くことができませんでした。

THE ALFEEバブル』の行く末を案じたように、日本経済のバブルにも懸念を抱いていたのです。

 

日本国のバブルの方は弾けましたね。

私が大学卒業後、就職を決めたのは物を作って売る会社でした。

形ある物を作り、買って頂く。

一見、古臭い価値観のようですが、私はそこに確固たる未来を感じたのです。

 

大学の同級生の中には、バブルの崩壊、金融再編の波に巻き込まれた人もいました。

バブルはいつかは弾ける。

そう考えて進んで、少なくとも私にとってはそれは間違いではなかった。

そう実感しました。

 

日本経済のバブルは弾けましたが、『THE ALFEEバブル』は弾けなかった。

 

バブルの時代、金融機関が再生や再編の波に翻弄されても、THE ALFEEは何物にも翻弄されることはありませんでした。

 

そして今、ますますその足元を固め、未来に向けて進化を遂げ続けていきます。

 

 

 

「THE ALFEE 2021 春の夢のつづき 中止」についての補足

 

さて、昨日、発信したこちらのブログ「とまとの呟き」史上最高のアクセスを頂きました。

アル中の皆様に読んで頂いたということですね。

誠にありがとうございます。

 

THE ALFEE 春の夢のつづき 中止』については、実に多くの方がTwitterなどでも発言されていて、私も目にしました。

 

そこで気付いたことがあったので、補足的にまた書いてみようと思います。

 

Twitterでの発言の傾向として、また必ずライブができると信じて、いつまでも待つという内容や、メンバー・関係者の方々・アル中の全ての同志の健康を祈る、健康であればいつか必ず夢はかなう、といった発言を多くお見かけしました。

 

皆様、端的でわかりやすい表現。

そして、文章が柔らかい。

 

こういう傾向の発言の仕方の方が、より多くの方に受け入れられやすいのかなと思いました。

 

私の文章は固いです。

固くて論説的な言葉遣いなので、気難しい独善的な人間だと受け取られるのではないかと思ったので、補足です。

 

Twitterで、私がよく言っていること。

文章は固くても、リアルな私は50代の気のいい、元気なおばちゃん。

決して気難しい訳ではないですし、独善的かつ尊大な人間でもありません。

どこにでもいる普通のアル中です。

 

前回のブログ「THE ALFEE 春の夢のつづき 中止を考える」の文章で、文章が固いために、私が独善的で尊大な人間と思われるのは不本意です。

或いは、文章が固く独善的で尊大なイメージを読み手に持たせてしまい、不快な気持ちになった方がいたとしたら、それも申し訳ないことのように思います。

 

ブログで発信し、せっかく多くのアル中の同志に見て頂けたのですから、気難しくて付き合いにくい人間と思われないように努めたいのです。

そう考えて、この補足を書くことにしました。

 

私は気難しくないですよ。

話し好きなおばちゃんです。

THE ALFEEとそれを共に応援するアル中の仲間を心から愛しています。

 

しかし、私の文章が固いというのは多くの方が感じたことではないでしょうか。

それについて補足です。

 

私は学問以外はポンコツで役立たずです。

学問が好きで、大学ではインド哲学を専攻しましたから、私の文章の固さはここがルーツなのだと思われます。

 

学問以外はポンコツで役立たず。

これは、おそらく私が持つ生まれながらの障害によるものです。

一種の発達障害自閉症スペクトラム障害という障害があり、普通の人が普通に出来ることで出来ないことが多いです。

 

能力の偏りが著しく、学問は得意でも他のことがほぼ出来ない。

よって、学問に使うような文章しか書けず、THE ALFEEという大好物の話をしても、教科書に出てきたり、大学のレポートのような文章しか書けないので、人によっては私の文章を読んで、私が独善的で尊大な人間という誤った認識が伝わらないか、不安もあります。

 

そこで、補足を書いておこうと思いました。

アル中の同志の皆様、仲良くして下さいね。

 

THE ALFEEの歌の世界観を理解できる方なら、伝わると信じてこの文章を書いています。

ネット上ではこちらのブログ「とまとの呟き」と、もう一つのブログ「小説スカイゾーン」以外では、Twitterで主に活動していますから、見かけたら話しかけて下さい。

話し好きな気のいいおばちゃんなので喜びます。

 

アル中の同志の皆様、これからも末長く仲良くして下さいね。

 

ところで、ですよ。

リアルなライブがしばらくお預けですので、Come on!ALFEE!!の第2シーズンが待たれます。

宇宙人が出てくるあの有名なSFシリーズ「Xファイル」のようにどんどん、シーズン◯、シーズン◆と続けば面白いですよね。

 

続・Come on!ALFEE!!でもいいし、Come on!ALFEE!!Part2!!でもいいし、帰ってきたCome on!ALFEE!!でもいいですし。

 

また、アル中みんなでパソコン、スマホの前に全員集合でお願いします。

正に、8時だョ!全員集合です(10代、20代の若いアル中さん、わかるでしょうか?)

 

では、アル中の同志の皆様、今後ともよろしくお願い致します。

 

 

THE ALFEE 2021 春の夢のつづき 中止を考える

来ましたね。

THE ALFEE Best Hit Alfee 2021春の夢のつづき、中止です。

 

私が主に活動しているTwitterでも、多くの同志が嘆いています。

しかし、それは違う。

君死にたまふことなかれ、ならぬ、君泣きたまふことなかれです。

 

これは嘆くことではありません。

讃えるべき英断です。

 

前回、このブログ「とまとの呟き」、『THE ALFEEは信仰の対象です』のタイトルでも述べましたが、感染対策と称して、入場人数を減らし、客席がスカスカの状態でライブを行うとか、来てくれるファンにマスク着用を義務付けたり、入場時に体温を計ったり、或いは使い物にならない感染追跡・通知のアプリのダウンロードを求めるとか。(政府が推奨していたアプリは不具合が見つかり、大切な通知が来なかったそうではありませんか、これは物笑いの種とでも言うものでしょう)

 

このように、お客様をバイ菌扱いするようなことは、THE ALFEEのライブに相応しくありません。

 

何より、それはTHE ALFEEにとって100%のパフォーマンスができる状態とは言えません。

 

もちろん、発表にあった通り、来場者の健康や安全に配慮したというのは言うまでもありません。

 

最高のおもてなしができないなら、ライブは強行すべきではないという、アル中さん達に向けての愛と思いやりに溢れた英断だと、私は考えます。

 

無名の時代が長かったTHE ALFEEは、この程度のことでは潰れませんから、安心して待つのが、メンバーから愛と思いやりを受け取ったアル中の務めではないでしょうか。

 

THE ALFEEはこの程度のことでは潰れないでしょう。

これまでの実績からして、危機に備えてきているでしょうし。

 

寧ろ、この危殆に瀕してアル中が大集結し、グッズの購入をしたり、これまで買えなかったCDを買ってみるのもいいですよね。

アル中一人一人の小さな行動が集まれば、リアルなライブ以上にTHE ALFEEに貢献できます。

 

さて、春の夢のつづき、全て中止というのはかなり用心深い考えとも思えます。

今のところ、東京都においても感染者は減少傾向にあります。

が、しかし、このまま順調に行くという保障はありません。

 

接種が始まるワクチンも、どのくらい効果があるのか?

私が最も危惧するのは副作用の問題です。

私は個人的にはかなりのアレルギー体質で、薬の副作用で入院したほどですから、積極的にワクチンは受けたくありません。

 

もう一つの問題は、ウィルスの変異株の問題です。

昨年、感染者はほんの僅かな人数からどんどん増えていきました。

今後、変異したウィルスがまた爆発的に増えないという保障もありません。

 

よって、用心深すぎるということはないでしょう。

 

先が見えない時、突き進むのか、それとも立ち止まるのか。

突き進むべきではありません。

 

無名の時代も長く、それなりに辛酸も嘗めてきたTHE ALFEEであるからこそ、危機に直面した時、何をすべきか、並外れた嗅覚で正しい方向を見極めている。

そう考えるのが妥当です。

 

今はライブはするべきではありません。

 

THE ALFEEともなれば、影響力は計り知れません。

メンバーもそのことは、きちんと弁えているのでしょう。

真っ当な分別で判断した、ファンへの愛と思いやりに溢れる英断を支持しようではありませんか。

 

THE ALFEEが如何に真っ当な道を弁えているか、わかりやすい比較の対象を挙げてみたいと思います。

 

私がTwitter上で「バカ殿様」と呼び、批判している人物がいます。

志村けん様のことではありません、この人物があまりにも愚かなので、私はこう呼んでいます。

人前で歌う人物ですが、カラオケのような演奏でお客様の前で歌うなど、それだけでも言語道断ですが、このバカ殿様は緊急事態宣言中、県境を超えて移動し、興行を強行し、金儲けを奨励していました。

 

それも好き好きの問題でしょうが、私は甚だ疑問でしたね。

少なくとも、緊急事態宣言中、県境を超えて金儲けに勤しむことは奨励されるようなことではありません。

 

更に驚くのは、この人物の取り巻きたちの行動です。

緊急事態宣言中、バカ殿様がお出ましになる土地に飛行機で移動し、その馬鹿げた行動を恥ずかしげもなく自身のTwitterに上げる。

 

狂気の沙汰としか思えない蛮行です。

 

しかも、バカ殿様が素晴らしいお歌を披露する場に入場するには、感染の追跡・通知のためのアプリのダウンロードが必須であり(このアプリは、後になって欠陥があったということですから噴飯ものですが)事前に体温を計測し、マスクは義務、飛沫防止の為に無言で殿のお歌に耳を傾けよと要求される。

 

因みにアプリのダウンロードについては、殿にお目にかかる場に入場する前に、各自のスマホの画面をチェックされ、ダウンロードしていない者は別途書類を書かされるということだったそうです。

 

お客様をバイ菌扱いしていますね。

 

これがエンターテイメントと言えるでしょうか?

バカ殿様愛好家の者には標準でも、THE ALFEEやアル中の同志には相応しくありません。

 

私が何故、バカ殿様にまつわるこのような情報を知っているのか。

それは、私がバカ殿様の城下町の元住人だからです。

今は城下町から退避しています。

 

上記のような隠蔽的な体質や、緊急事態宣言中、世間様に対して申し訳ないとも思わないような者どもとは付き合えません。

 

バカ殿城下町からは退避です。

 

さあ、如何でしょうか?

 

緊急事態宣言中にも関わらず、目先の利益を追って興行を強行する者。

片や、用心深すぎるとしても決断する者。

 

本当に最後に笑う者はどちらでしょうか?

バカ殿様は「損して得取れ」という日本語を知らないようです。

 

では、バカ殿様は誰なのか。

ここで明らかにしても、真っ当なアル中の皆様はご存知ないです。

 

それに言ってしまうと、私はバカ殿様の取り巻きに殺されます。

殺されるとは穏やかではありませんが、本当に殺されます。

 

ある時、私がバカ殿様の行動を批判したり、親しみを込めて軽くからかってみたことがありました。

 

愛すればこそ、批判したり軽くふざけることは、ごく普通のことですし、批判は違法行為ではありません。

しかし、バカ殿様の取り巻きは私を不法行為で訴えると息巻いていました。

私のTwitterアカウント凍結を目指して、集団で通報行為に出たり。

 

つまり、私が気に入らないから黙らせようということですね。

これも狂気の沙汰です。

 

言論の自由を奪われれば、人は死にます。

THE ALFEEの歌の心を理解するアル中さんなら、十分に納得して頂けるはずです。

 

気に入らない者の口を塞ごうなどと、言論の自由を保障する日本国憲法に明らかに違反しています。

 

話が逸れてしまいました。

 

このような愚行を平気でするのですから、緊急事態宣言中に県境を超えて大移動、興行を強行、金儲けと取り巻きの移動を奨励するようなことをやっても、胸が痛まないのでしょう。

 

とにかく殺されますので、バカ殿様は誰なのかはここでは明らかにしません。

 

バカ殿様のことに触れたのは、THE ALFEEの今回の「春の夢のつづき」中止を考える上で比較、考察して頂こうと考えてのことです。

 

さあ、本当に最後に笑うのはどっち?

もう一度言いましょう、バカ殿様は「損して得取れ」という日本語を知らないのです。

 

緊急事態宣言中、県境を超えての金儲けを奨励するなど、自分は影響力のないちっぽけな存在であり、誰からも相手にされず、無謀に突き進む阿呆だと宣伝しているようなものです。

 

THE ALFEEは全くの正反対ですね。

自分たちの影響力を弁え、節度を忘れず、多くのファンへの愛あればこそ、ファンから慕われる。

無謀なことに走ることなく、先を見据えた判断をする。

 

これ以上のことはありません。

今回の「春の夢のつづき」中止は、アル中全員への愛と思いやりに溢れた大英断です。

 

Come on!ALFEE!!第2シーズンに期待したいところですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

独創と標準

私が今一番に夢中になっていることは、文章を書くことです。

ブログを2本書いていて、こちらの「とまとの呟き」と

「小説・スカイゾーン」というものを書いています。

 

どちらかと言うと、こちらの「とまとの呟き」の方が好評を頂いているようです。

でも、「とまとの呟き」はサブのブログなんですよね。

 

サブの方が好評を頂くというのは、嬉しくもあり、複雑でもありといった気持ちです。

「とまとの呟き」は、その名の通り私の呟き、本音ですね。

本音ですから、書くのが楽です。

 

サブのブログ「とまとの呟き」に対して、メインのブログ「小説・スカイゾーン」はタイトル通り、小説です。

 

小説を書くのは難しい。

話のテーマを決め、コンセプトをしっかり練り上げ、読み物としての面白さも追求しなくてはならない。

 

でも、難しいからこそ遣り甲斐があり、出来ないことが出来るようになりたいという向上心をくすぐられます。

 

そして、小説・物語を書く上で大切なことは独創性です。

誰もが容易に思いつくものは、面白くも何ともない。

読み手をアッと驚かせるのが、架空の物語の醍醐味と言えます。

 

しかし、一方であまりにも独創的すぎると、読み手がついて来れなくなる。

誰もが理解できるような標準的な部分もなければ、支持を得られません。

 

私は今、正に、この独創性と標準的な枠の間で試行錯誤の連続です。

 

これまでもお話ししてきたように、私には精神疾患の治療歴があり入院治療中に、主治医から特異なパーソナリティーの持ち主であると”認定”されています。

それ以外にも、自閉症スペクトラム障害があります。

 

自閉症スペクトラム障害は一種の脳機能障害で、標準的な思考や行動が難しい人もいます。

私もそうです。

 

昨日もお話しした通り、多くの人にとって面白いものの面白さが本当にわからない。

 

このような自閉症スペクトラム障害の特性に加えて、私のパーソナリティーはかなり特異であると、大学病院の立派な先生に”お墨付き”を頂いてしまっています。

 

よって、標準的なことが表現できない。

それが小説を書く上でも現れているのだと思います。

 

読者からの反応を捉える時に、どうも私の描く世界は理解されにくい。

そう感じています。

 

独創性と標準的な視点は、両輪として小説を作り上げていくために必要なことですが、私には独創性という片方しかない。

 

独創性という片面しかないことは、創作をする上で克服していきたいのですが、なかなか難しいですね。

 

せっかく小説を書くのですから、より多くの方に受け入れられ理解して頂きたいのですが、私はどうも独創性だけが突っ走ってしまっている。

 

特に作家になりたい訳ではないのですが、言葉を使って何かを表現することから離れられません。

 

どうしたら多くの方に理解して頂けるか、毎日毎日、考えています。

 

そこでこう考えました。

 

独創こそが私の標準。

 

何事も突き抜けて、中途半端に終わらせないことが大切なのだと。

 

多くの一般的な方の発想は、独創と標準の間の、白と黒の間、グレーゾーンで処理されていることが多いのではないかと思われますが、私には白か黒かしかない。

中間的な発想が苦手な方は、自閉症スペクトラム障害がある方に多いようですが、私も例外ではなくそうです。

 

しかし、自閉症スペクトラム障害に限らず、人間はどこかに先天的な障害があると、それを補おうとして残った機能が発達することも少なくない。

 

では、白ならこの上ない真っ白。

黒なら闇より深い黒。

 

中間的な考えが苦手なら、無理して中間に寄せなくてもいいのです。

精神疾患で入院治療を受けていた頃の主治医の言葉を借りれば、私には白か黒かしかない。

でも、それ以外に変わることもできません。

 

白か黒かしかないことは私の独創性であり、独創性に満ちていることは私にとっては標準です。

 

独創と標準は、一見、相反するもののようですが、私の中では一体化して存在しています。

一般的な発想は寧ろ、独創と標準を相反するものとして切り離して捉える。

 

この世界の多くの事柄は、相反するものが一つになることで生まれます。

 

男と女、東と西、プラスとマイナス、等々、多くの事柄は相反するものが揃うことで成立しています。

 

独創と標準を合わせ持つことで、いい作品が書けるようになりたいですね。

 

独創性の問題とは別に、学問が得意な私の文章は固い。

学問以外はポンコツで他に取り柄がないので、どうしても書く文章が固い。

これは悩みの種です。

 

物語というより、レポートか論説のようになっている。

もう少し、柔らかい文章が書けるようになりたい。

 

これらの点を克服しようと努めること自体が、また楽しみでもあります。

 

楽しんでもらえるようなものが書けるように、今日も悪戦苦闘です。

この世界が相反するもの同士から成り立つように、独創を標準としつつ人を楽しませることを目指し、邁進したいものです。

 

 

 

 

 

自閉症スペクトラム障害を持つ者にとって、ネットって薄味ですよね

 昨日は、信仰するTHE ALFEEについて書いたところ、多くの方に見て頂きました。

アル中の同志の皆様、誠にありがとうございました。

今日は違う話をします。

 

敢えて違う話をします。

昨日のようにTHE ALFEEという耳目を集めやすいテーマを取り上げると、多くの方に見て頂けますが、かと言って見て頂くために、耳目を集めるテーマを続けて取り上げるのは、私の本意ではありません。

 

私はネット上ではブログ以外は、主にTwitterで活動していますが、様々なアカウントがあります。

 

制限字数めいっぱいまで、ご自分の思想信条を語るアカウントの方が、私は好感が持てますし共感もします。

単語の羅列的表現に終始し、誰でも思いつくようなライトなものはつまらないです。

 

もっともっと深掘りし、その羅列した事実から何を思うか、それを語って頂きたい。

私はそう考えています。

 

Twitterは「呟く」ものですから、単語の羅列的に短い表現をするのは間違いではないのでしょうが、私には物足りない。

で、それで?

それの何が面白いの?

そう思わずにはいられません。

 

以前もお話ししましたが、私には自閉症スペクトラム障害という障害があります。

一種の脳機能障害であり、多数派の一般的な人とそもそも見えている世界が違います。

これは、私が自閉症スペクトラム障害のサポートを受けるために通っている、専門の病院の主治医も言及していることです。

 

こういう私だから、他の方が面白いと思うものが、はっきり言うとちっとも面白くないということになるのでしょう。

しかし、人と着眼点が違うことは望ましいことであると言えます。

 

人に見えないものが見え、その問題点を捉える洞察力に長ける。

 

自閉症スペクトラム障害が、どんな風に障害として現れるかは人それぞれのようですが、多くの方は世間の多数派、一般的な方との隔たりに苦労しているのではないでしょうか。

 

一般的な視点と隔たりが大きいと、何が面白いのか理解に苦しむ。

ネット用語の短縮形の表現に違和感を感じる。

そういうことはないでしょうか?

 

私はかなりありますね。

特に、何の意味なのかわからない、アルファベットを用いた短縮形。

 

正式名称の意味上の区切れの頭文字を、アルファベット化して表す表現は苦手です。

日本語の美しさが英語的な効率の良い表現に置き換えられているようで、何かを失ったような感覚にもなります。

 

以前は、個人が発信源になる機会は限られていましたが、ネットの普及で、世間の標準的な多数派の意見が広まるようになりました。

 

多数派の一般的な視点との隔たりが大きい、自閉症スペクトラム障害がある者にとっては、ネットに溢れる情報の何が面白いのかがわからず、薄味だと感じることは多いです。

 

ネット用語的な軽さが、薄さの原因になっているのだと思います。

加えて、Twitterなどにおける単語の羅列的表現の軽さも、軽いがゆえに薄く感じます。

 

多数派の一般的な情報は、なんだか薄味。

何が面白いのかもわからない情報は、薄味です。

 

味がわからず、旨みもわからない。

 

自閉症スペクトラム障害があると、一般的な視点が理解できない。

よって、ネットの普及で広まる、一般的な面白さはつまらないものでしかない。

 

 自閉症スペクトラム障害を持つ者にとって、ネットって薄味ですよね

 

 

 

THE ALFEEは信仰の対象です

こちらのブログ『とまとの呟き』は、ある特定のテーマに特化したブログではなく、いわゆる雑記ブログとなっていますが、今回はかなりはっきりしたテーマを取り上げます。

 

今回は、今や押しも押されもせぬ音楽界のレジェンドになった、THE ALFEEについて書きたいと思います。

 

タイトル通り、THE ALFEEとは私にとって、一種の信仰の対象です。

ファンだとかネット用語的な「推し」という表現も、手ぬるいですね。

 

これは、れっきとした信仰なのです。

正に人生をかけていると言っても過言ではありません。

 

ところで、THE ALFEE信者の同志の皆様をアル中さんと言うのが一般的ですので、この文章の中でも「アル中さん」の表現を使うことにします。

 

アル中さん皆様、認識しているように、今、THE ALFEEは配信企画に取り組んでいます。

Come on!ALFEE!!ですね。

非常に残念なことですが、次回の2月28日の配信ぶんで、この企画は一旦終了です。

 

私は個人的には、Come on!ALFEE!!は、第二弾があるのではないかと希望的観測を持っています。

アル中の皆様、そう思いませんか?

Come on!ALFEE!!Part2とか。

楽しみですね。

 

さて、配信企画に取り組むのは、感染拡大を受け、収束の兆しが未だ不透明であり、リアルなライブがやりにくい状況にあるからです。

先日、2021年ぶんのツアー「春の夢」が払い戻しということになってしまい、落胆しているアル中さんも多いのではないでしょうか。

 

しかし、落胆してばかりで良いのでしょうか。

私は、この決断は全アル中を思いやる英断だと考えています。

 

感染の収束が未だ見えない中で、集まるアル中さんに、リスクを負わせることはできないと考えてのことではないでしょうか。

 

また、私の個人的な考えですが、例えば、入場人数を減らして開催であるとか、入場者に検温やマスク着用など、それなりの負担を負わせるのは忍びない。

入場人数を減らし、スカスカな客席は中途半端であり、THE ALFEEのライブには相応しくないし、それは100%のライブパフォーマンスではない。

 

どんな時も、最高のおもてなしが出来てこそ、THE ALFEEのライブである。

このような信念に基づく英断だと私は考えています。

 

ですから、万全の状態でライブができるようになった時に、ドカーンとやれば良いと思います。

 

今はみんながスマホやパソコンを持つ時代になりました。

昔であれば、このような感染の問題が生じた時に配信という表現方法がなく、涙を飲むしかなかったことでしょう。

しかし、今は皆が個人的に情報を掴むことができる時代です。

配信企画、大いによろしいではありませんか。

 

さて、私はネット上ではブログを書く以外は、主にTwitterで活動しています。

Twitterでも多くの若いアル中さんをお見かけします。

 

THE ALFEEの凄いところは、今の10代、20代の若い世代の新規のアル中さんが増え続けることです。

若い方に支持される理由はたくさんあるのでしょうが、私は前述のように、真にファンのためを考え、妥協のないパフォーマンスを追求し続けるところにあるのだと考えています。

名曲ぞろいの楽曲、メンバーの人間性が素晴らしいことは言うまでもありません。

そして、御三方とも賢い。

 

現在、日本経済新聞社で連載されている、メンバーの高見沢俊彦氏のコラムの秀逸さはもちろんですが、THE ALFEEのメンバーは、かなり賢い。

 

学問などに限定されない、本当の賢さを感じます。

何をすべきか、時と場合に応じて的確な判断をしています。

今、無理してライブはしない。

このことにもメンバーの賢さが表れています。

 

THE ALFEEはアル中さん、皆様がご存知のように無名な時代もありました。

そういう時期に、何をすれば良いか、何をすべきか、自分たちの音楽を貫くにはどうしたら良いか。

 

全て思考し、判断し進んできたのだと思います。

頭が良くない者は、芸事では大成できませんから。

 

今、感染の問題を受け、ファンに無理はさせない。

中途半端なことはしない。

満を持してのタイミングを見極める。

 

THE ALFEEが無名の存在から浮上し、今も第一線で精力的な活動を続ける理由は、正に満を持しての機会を待ち、その時に備えてきたからであり、今、リアルでのライブができないとしても、それは寧ろ、今後ますますの建設的な活動に向けて、力を蓄えるために必要なことなのだと考えます。

 

こういう人たちにはついて行かなければなりません。

10代、20代の若い方にも、THE ALFEEを支持する方が絶えないのは、大変好ましいことです。

 

若い世代のアル中さんについて触れてきましたが、私は今50代です。

10代の頃からTHE ALFEEを追いかけている筋金入りの信者です。

 

高校生まではライブに参加もできませんでしたが、高校生になってからは弾けましたね。

今の若いアル中さん世代の方の中には、小中学生の頃から、或いはお母様がアル中さんで、お母様が妊娠中にライブに一緒に参加していたという方もいて、羨ましくもあり、驚いてしまったりですね。

 

私は父が厳しく、高校生になればライブ解禁とは言われていましたが、もう一つ条件がありました。

高校の試験で良い成績を修めるようにというのが、ライブ参加を許可される条件でした。

 

私は札幌住まれの札幌育ち。

高校生のうちは札幌のライブは欠かさず参加し、大学は実家から北海道大学に通いましたが、大学生になるとアルバイトをして”軍資金”を作り、夏のイベントにも参加したものです。

 

初めて飛行機に乗ったのも、THE ALFEEのイベントに参加した時ですね。

 

今の若いアル中さん世代の方には笑われてしまいそうですが、私の両親世代はロックのコンサートは不良だという価値観を持っていたので、いろいろ大変でした。(正確に言うと、THE ALFEEをロックのジャンルに限定するのは間違いですが、私の両親はそう言っていたのです)

 

THE ALFEEに初めて出会った時、10代だった私は50代のおばさんになりました。

時は流れた。

この一言に尽きます。

20代のお兄さんたちは60代のレジェンドになりました。

 

時は流れましたが、実は何一つ変わってはいません。

アル中さん、皆様そうだと思いますが、THE ALFEEの素晴らしい音楽、メンバーの人柄、そしてまだまだ進化し続けるエネルギー。

 

この素晴らしさに惚れ込む気持ちは、信仰と表現してもまだまだ足りないくらいです。

 

THE ALFEEは、今までもこれからも私の信仰の対象です。

 

 

 

 

入院生活

 入院はできるだけやりたくないことです。

 

私はこれまで何回入院してきたのでしょう。

数えてみました。

 

大きな入院は四回。

今も経過観察をしている子宮頸がんに関する入院は、毎年、年に一度の入院で検査を受けています。

 

大きな入院、四回の内訳はこうです。

ティーヴンス・ジョンソン症候群に罹った時、精神疾患を治療した時、アレルギー反応が出た時、子宮頸がんを手術した時。

その後は、子宮頸がん後の経過観察、子宮全摘の後、膣断端部高度異形成の経過観察の検査を受けるために、年に一度入院しています。

 

精神疾患の治療をしていた頃、薬が合わず、スティーヴンス・ジョンソン症候群を発症し、初めて入院しました。

 

精神疾患は最初は小さなクリニックで治療をしていて、そこで処方された薬が合わず、スティーヴンス・ジョンソン症候群を発症、三週間程度入院しましたね。

 

ティーヴンス・ジョンソン症候群は、高熱、赤い発疹、粘膜の痛みを伴う重病です。

 

入院した日は日曜日だったのですが、当番病院に駆け込むと診察もしないうちに、入院の必要あり、すぐに受け入れ可能な大きな病院を探すのですぐ向かって下さいと言われ、ショックでしたね。

それまで入院はしたことがありませんでしたので。

 

ティーヴンス・ジョンソン症候群の治療では、札幌にある札幌医科大学附属病院の皮膚科に入院したのですが、大学病院ですから、大変な病状の方に多くお会いしました。

 

札幌医科大学附属病院に入院中も、神経精神科で精神疾患の治療ではお世話になっていました。

 

その後、精神疾患が悪化し、とうとう入院することになったのは、私の母校でもある北海道大学の附属病院でした。

大学病院は、すぐに入院できないこともあります。

 

本当に、大学病院での治療が必要な状況かの判断をして頂いてから、入院が決定することがあります。

 

私も北海道大学の精神科、外来を訪れ入院の必要性を判断して頂きましたが、やはり入院が必要ということで、割とすぐに入院できた記憶があります。

 

その後、退院してからも十年ほど通院し治療を受け、回復することができました。

 

北海道大学の精神科・閉鎖病棟に入院していた頃、忘れられないことはたくさんありますが、あの頃、共に入院し治療を受けていた方々は、今、どこでどうしているのか、時々思い出します。

 

閉鎖病棟というところは、閉鎖というくらいですから、ある程度回復しなければ自分の意思で病棟の外に出ることすらできません。

主治医の判断で、病棟の外に出てよいという診断を頂かなければ、病棟の外に出ることはできず、病院内を歩き回ることも許可されません。

 

そうして治療を受け、病棟の外に出てもよいと許可を頂けるほど回復すると、一番の楽しみは、北海道大学病院の地下にある患者用の浴室に行くことでした。

 

銭湯よりも少し狭いくらいの浴室で、複数の人数で利用できる程度の広さがあります。

そこで一度だけお会いした方のことが、今も気掛かりです。

 

その方はお腹に大きな大きな手術の傷跡がありました。

大好きな旅行を取り止め、手術を受けなければならず、しかも傷跡も一文字に切る一般的な傷跡ではなく、その方曰く、高級外車のベンツのマークの形に切るという大きな傷跡を気にしていました。

 

予定していた旅行も取り止め、大きな傷跡が残るような手術を大学病院で受けなければならないのは、穏やかではありません。

 

その後、私も退院し外来に通っての治療が始まった頃、一度だけその方をお見かけしたことがありました。

一見、お元気そうで外来棟の中を歩いていたので、外来での治療に来ていたのでしょう。

 

それから、その方をお見かけすることはありませんでした。

今は、治療を終えお元気にしているのでしょうか。

今でも気になっています。

 

同じように北海道大学病院で、精神科の閉鎖病棟、一緒に入院していた方もお元気になられたのか、気になりますね。

 

精神の問題は、今の私は疾患の治療と言うよりは、生まれながらの障害をサポートしてもらうために、民間の精神の専門病院に通うことになっています。

自閉症スペクトラム障害があり、過去には疾患の治療も受けていた。

 

私は生まれながらに精神の問題を避けては通れない人間です。

しかし、だからこそ見えてくるものもあるはずだと考えています。

 

こういう自分なので、過去に入院でご一緒した方々のその後は気になります。

皆さん、お元気になったのでしょうか。

 

今のところ、子宮頸がんは経過観察中とは言え普通に生活できますし、特に困ってはいません。

困ってはいませんが、外来での検査は三ヶ月に一度。

入院での検査は年に一度必要です。

 

でも、それでよいと考えています。

常に状況を把握することで、病状が悪化するのを見逃さず、必要なら早めに手を打つことができます。

 

私の父は癌で命を落としたのですが、何度も入院していました。

最後に入院したのは、北海道での癌治療ならここ、というようなかなり設備が整った病院でした。

 

今でも忘れられないのは、入院初日、父が母と一緒にしっかりした足取りで正面玄関から入ってきた姿です。

治す気は満々で元気に歩いてきた姿を、先に病院についていた私は見ていました。

 

その父は、最後に入院する時はしっかりと正面玄関から入ってきたのに、帰る時は死んでしまって、ひっそりと裏口から出て行きました。

 

入院する時、来る時は正面玄関から入ってきますが、帰る時も無言で裏口から帰るのではなく、元気になってまた正面玄関から出て行きたいものです。

 

私はこれまで入院する時は、病院の正面玄関から入り、正面玄関から出て帰ってきました。

 

これからも全ての患者さんが入院する時と同じように、正面玄関から元気に帰って欲しいものです。