ストーブ

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写真はイメージです。

 

日本全国、大寒波襲来です。

寒いですねえ。

こんな時はストーブが大活躍です。

北海道はもちろんストーブが欠かせません。

 

今のストーブって進化しましたよね。

スイッチ一つで部屋が暖まります。

私が幼い頃は手動で点火していましたね。

 

私は保育園に通っていました。

夕方、母が迎えに来て弟と一緒に帰っていたものです。

真冬だと帰宅すればストーブを点けなければなりませんが、記憶にあるのは母が手動で点火していたことです。

燃料は灯油だったと思うのですが、母はちり紙に火を点けてストーブの中に落としていましたね。

部屋の中が暖まるのにも時間がかかり、冬用のジャンパーを着たままじっと待っていました。

 

当時はストーブの上に乾燥しないために水の入ったやかんを置いたりしていました。

ストーブの上にずっとやかんを置いておくと、温まってお湯になるんですよね。

私が普通にお湯が出る家に住んだのは小学校2年生の頃のことでした。

昔の家って給湯設備がなくて、蛇口をひねればお湯が出るということはなかったんですよね。

そこでストーブの上にやかんを置いてお湯を沸かしていたのです。

 

ストーブといえば、家出していた頃の話です。

私は大学生の時に些細なことで母と喧嘩して家出しました。

大学四年生の11月に家出したので、布団とストーブを真っ先に買いましたね。

 

ストーブはポータブル式の石油ストーブでした。

家出して住んだアパートは風呂なし、トイレ共同、しかもストーブの煙突もつけられない作りになっていたので、ポータブル式のストーブを買ったのです。

 

どこで買っていたかは忘れましたが、灯油を自分で買ってきてストーブに補給していましたね。

このイメージ写真みたいな感じですね。

うっかりしていると、零れて床が汚れてしまうのでいつも緊張して灯油を補給していました。

 

家出して住んでいたのは古い木造アパートでした。

小さなポータブル式のストーブだけが暖まる手段でしたが、不思議と寒さは感じなかったですね。

家出して自由を勝ち取った。

誰にも文句を言われずに済む生活を勝ち取った。

そんな緊張感と誇りのようなものが私を支えていたのです。

心は十分に暖まっていたんですよね。

 

昔の暖房ってこんなものですね。

それでも懐かしくて暖かい気持ちになります。

人間は不便なくらいがちょうどよいのかも知れません。

 

大寒波、大暴れ

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いやはや、日本全国、冷凍庫状態ですね。

今日の札幌は最低気温が-13℃くらい、日中でも-10℃くらいでした。

今日は私は定期的に通っているメンタルの病院の通院日だったのですが、街中の気温計はこのような感じでした。

風も冷たくて寒かったですね。

手袋を着けていても指先が冷えて痛いくらいでした。

 

でも、冬らしくていいではありませんか。

最近よくある暖冬は物足りないです。

冬は冬らしく冷えた方が気持ちが引き締まりますね。

 

冬が厳冬だとその年の夏は猛暑になると聞いたことがあるのですが、どうなのでしょう。

夏は夏でカーッと暑くなった方がいいですね。

 

それにしても、この大寒波。

北海道のような北国だけではなく、日本全国なんですよね。

日本って自然環境が過酷ですよね。

 

冬の嵐、夏の猛暑、春は花粉が飛んで花粉症の季節ですし、かろうじて秋が穏やかでしょうか。

食べ物も美味しい季節ですし。

 

よく言われるのが、日本は美しい国だということです。

そうでしょうか?

日本は美しいですか?

ただ単に自然環境が過酷な国と言えないでしょうか。

 

四季の移ろいがはっきりしていると言われますが、冬の嵐、夏の猛暑、春の花粉。

その他にも台風もやって来ますし、地震も多いですよね。

日本はただ単に過酷な自然の国ではないでしょうか。

国土の狭さの割りに人口も多いですし。

美しいと言うより過酷、私はそう考えています。

 

それでも、楽しんだ者勝ちですね。

私はこの大寒波を楽しんでいます。

童謡の「雪」に出てくる犬と同じですね。

雪が降ったら喜んで庭を駆け回るのです。

そんな気持ちで空を見上げ、風に吹かれ、吐く息の白さをじっと見てみるのです。

 

1月も終盤になっての大寒波。

寒い寒いと背中を丸めるよりも、胸を張って寒さも楽しんでしまおう。

そんな気持ちで今日は散歩をしていました。

メンタルの病院で診察が終わった私は嬉々として歩き出しました。

 

札幌、雪も降ったので道が真っ白になって綺麗でした。

冷たく引き締まった空気、真っ白な街の色、冬は冬で楽しいではありませんか。

 

大寒波の影響はまだ何日か続くようですが、楽しむくらいの心の余裕が大切ですよね。

銭湯のしきたり

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今日も行ってきます、銭湯です。

最近の私は昔ながらの銭湯にハマっています。

今までは小さめのスーパー銭湯に行っていましたが、昔ながらの伝統的な銭湯もいいですね。

 

私はイギリス人の先生に英会話を教わっているのですが、その先生がこんなことを言っていました。

「とまとがハマっているのは、壁に富士山が描いてあるようなお風呂かな?」

 

そうです。

Exactlyですね。

伝統的な銭湯とは壁に描かれた富士山がなくてはならないのです。

 

富士山は描かれていなくても、ケロリンと書かれた黄色い風呂桶も銭湯のシンボルですよね。

 

昔ながらの銭湯にはしきたりがあります。

基本中の基本ですが、お湯に入る前は体を洗わなければなりません。

髪が長ければ結んだりしてまとめなければなりません。

このくらいはスーパー銭湯でも当たり前のマナーですが、たまにいるんですよね、この注意事項を守れない人が。

 

若いお母さんと小学生くらいの女の子で、お母さんは髪をまとめていても、お子さんがまとめていない親子連れ、スーパー銭湯などでたまに見かけます。

あれは何なのでしょう。

お母さんが髪をまとめているなら、お子さんもまとめないのかと不思議に思います。

 

ところで昔ながらの銭湯って常連さんがほとんどですね。

私よりも年上、70代くらいのご婦人が多いです。

この年代の人は家にお風呂がなくて銭湯通いが日常だった世代ですよね。

銭湯のしきたりを弁えている人ばかりです。

 

それに銭湯の近所に住んでる人が多い印象ですね。

顔なじみ同士、打ち解けた雰囲気が漂っています。

 

そこに私が入っていくと、じろじろ見られることもあります。

新参者、どこから来たのか、誰なのか、そんな視線が飛んできますね。

そういう時はこちらから”こんにちは”と挨拶すれば良いのです。

緊張がほぐれますよね。

こういう挨拶も大切なしきたりです。

 

昔は銭湯はマナーや人付き合いを学ぶ場でもあったんですよね。

どんな人もお風呂には入らなければなりません。

昔、家庭にお風呂がなかった時代は誰もが銭湯に来ていました。

裸の付き合いをしながら、私もいろいろなことを学びました。

マナーの基本は自分がされて嫌なことを相手にしないということですね。

お湯に入る前に清潔にする、騒がない、挨拶はきちんとする。

相手とコミュニケーションを取ってお互いに気持ちよく過ごす。

銭湯はこういう躾の場でもありました。

 

お風呂のことに限らず、便利になって、何でもプライベート化した社会だと相手への気遣いを忘れてしまいそうですが、昔から受け継がれてきた銭湯の心を大切にして人情や思いやりはなくさずにいたいものです。

 

 

 

大寒波、襲来前夜

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今日も行ってみたい銭湯がどこにあるか、下見に行ってきました。

上の写真はそのうちの一つです。

看板の電話のマークがいい感じですね。

最近の若い人はこの電話マークが何を意味するのか知らない人が多いそうです。

黒電話、固定電話のイメージですよね。

携帯電話、スマホ全盛の今の時代、知らない人がいるのもわかりますね。

 

今日は行ってみたい銭湯がどこにあるか、三軒回ってみました。

そのうち二軒はすぐにわかったのですが、最後の三軒め、行ってみたもののスマホで調べた番地には一般のお宅が建っていたんですよね。

その銭湯、廃業したのでしょうか?

 

それにしても寒いです。

明日はもっと寒くなるんですよね。

正に大寒波襲来です。

普段は雪が降らない地方にも雪が降るようですし。

 

私は平常心ですね。

生粋の道産子なのでこの時期の寒さは当たり前です。

 

こんな時、東京で雪が降ると大騒ぎですよね。

なぜか全国ニュースで大々的に取り上げられたり。

うーん、東京のお天気のニュースがなぜ全国ニュースなのでしょう。

過度な東京偏重は如何なものかと思うんですよね。

 

東京の雪といえば、元夫が私と結婚する前に東京で勤務していた時期がありました。

その年も東京で雪が降ったのですが、我々道産子には、あれは”みぞれ”です。

気温も東京の人には寒くても、北海道の人間にはまだまだ温かったりします。

 

元夫は半そでのTシャツに革ジャンといった格好で歩いていたら、痩せ我慢するなと言われたそうです。

元夫としては、雪が降ってもそれはみぞれのようなもので、寒いうちには入らなかったのだと言っていましたね。

 

とはいえ、明日以降は札幌でも最低気温は-10℃を下回ったりするようです。

このくらいになると寒波と言えますね。

 

それでも私はやっぱり楽しみます。

冬は冬らしく、究極まで冷え込む方が気持ちも引き締まります。

こういう時こそ銭湯ですね。

 

今日、下見をして場所を確認してきた銭湯に行って、大きな湯船で手足を伸ばして温まる。

これが私の大寒波対策です。

 

大寒波、自然のことなので逃げられません。

そうであれば、楽しんだ者勝ちですね。

童謡の「雪」に出てくる犬のような過ごし方、庭を駆け回るくらい元気を出して大寒波を乗り切りたいですね。

 

銭湯を下見

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今日はこれから行ってみたい銭湯の下見に出かけました。

私の日課は散歩です。

散歩しながら行ってみたい銭湯の場所を確認してみる。

趣味と実益を兼ねられるので行ってきました。

 

写真は下見して見つけた銭湯の入口の様子です。

ネットで調べると地下鉄の駅の出口を出て5分ほどの場所とありました。

しかしネットの情報で徒歩5分は、実際には10分くらいだったりしませんか?

それで、私はわざわざ反対側に歩いてしまいました。

素直に地下鉄の駅を出たら、そのまま道路を渡れば本当に地下鉄の駅の出口を出て2分くらいのところに銭湯がありましたね。

 

これで場所がわかりました。

今どきスマホでも地図は見られます。

しかし、実際に歩いてみないとわからないことってありますよね。

 

昨日もそうでした。

行ってみたい銭湯の情報をスマホで調べたのですが、実際に歩いてみないと地下鉄の駅からの距離感が掴めないんですよね。

 

札幌も意外と広いです。

自分が住んでいる地域以外はまだまだ知らないところも多いんですよね。

銭湯にハマったのをきっかけに、札幌のまだ行ったことのない地域のことを知ることもできますね。

 

今は大抵のことはスマホで検索すれば出てきます。

それでも、やはり、実際に自分の足で歩き、自分の目で見ないとピンとこないことってありますよね。

日課の散歩を楽しみながら、まだ行ったことのない銭湯を探す。

ちょっとした探検ですね。

 

取り敢えず、今のところ三軒の銭湯の場所を押さえました。

順番に出かけて行きたいですね。

 

今日の札幌は昨日から雪が降ったりして、私が家を出る頃は積もっていました。

でも、日中は晴れていて積もった雪が真っ白できれいでしたね。

こういう時こそ、大きなお風呂です。

最近は銭湯でも露天風呂があるところもあります。

雪の中で入る露天風呂は格別ですね。

 

外が寒ければ寒いほど大きな湯船で手足を伸ばして寛ぎたくなります。

冬には冬の銭湯の楽しみ方があるんですよね。

これはこれで期間限定なので、札幌中の銭湯を回るくらいのつもりでこれからも出かけて行きます。

 

 

銭湯行脚

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写真はイメージです。

 

最近、ますます銭湯にハマっています。

以前からお風呂屋さんには週に二回ほど行っていました。

 

風呂屋さんというのは、銭湯もあればスーパー銭湯もあれば、日帰り温泉もあれば。

その全てを含めて私はお風呂屋さんと言っていました。

 

今ハマっているのは、昔ながらの銭湯です。

上のイメージ写真にもあるような、壁に富士山が描かれているようなお風呂ですね。

壁に富士山。

私は週に一度、英語のレッスンを受けているのですが、イギリス人の先生に教わっています。

フリートーク形式の教室で、私は趣味がお風呂屋さん通いなのだと話すと、先生は「壁に富士山が描かれているようなところかな?」と私に質問してくれました。

”Exactly”ですね。

そんなこともあって、昔ながらの銭湯にますます行きたくなりました。

 

今日はこれから行ってみたい銭湯がどこにあるのか、確かめ、下見をしてきました。

同じような地域に二軒あるのですが、やはりその二軒は近所にありましたね。

一軒は地下鉄の駅のすぐそば、もう一軒は幹線道路に面していてバス停の前にありました。

場所や行き方はしっかり押さえましたから、来週中には行きたいですね。

 

今は大抵のことはスマホで検索して調べられます。

札幌市内、銭湯で検索するとたくさん出てきますね。

学生の頃や若い頃、独身だった時に行っていた銭湯がまだ続いていたり、全く知らない銭湯があったり。

 

昔から行ったことがある銭湯よりも、まだ行ったことがないところの方がそそられますね。

同じ札幌市内でも遠いところもありますが、この雪の中、エッホエッホとリュックサックにお風呂道具を入れて出かけて行くのも楽しいです。

 

私は運転免許は持っていますが、完璧なペーパードライバーです。

ですから遠くても公共の交通機関で行かなければなりません。

それでも楽しいです。

地下鉄やバス、或いは地下鉄とバスの乗り継ぎ。

自分で運転するわけではないので気楽です。

気が向いたらお風呂上りにビールを一杯引っかけてくることもできますし。

 

日本中、どこでもそうですが、銭湯は廃業するところも少なくありません。

札幌もそうです。

私が学生の頃、若い頃に通っていた銭湯を検索して「廃業しました」と出てくると寂しくなりますね。

 

そうは言っても、ずっと昔から変わらず営業している老舗の銭湯も多いです。

スーパー銭湯だと広くて浴槽の種類も多く楽しめますが、昔ながらのこぢんまりした銭湯もいいものです。

英語を教わっている先生が言っていたように、壁に富士山が描いてある。

この古き良き銭湯にしばらくは通いたいですね。

理想の娘づくり

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写真はイメージです。

 

昨日、更新した内容は私が大学生の頃に家出をしていたという話でした。

今日はその続きのような話です。

タイトルにもあるように、理想の娘づくりの話ですね。

 

昨日の話でも書いていますが、私が大学生の時に家出したのは些細なことで母と喧嘩したからなのですが、それ以前に私は狭い枠を押しつけられて育ってきて窮屈でした。

 

昔の人間、私の両親のような1930年代の生まれの人間って性別による役割分担の意識が強いですよね。

私の母もそうです。

母はそろそろ死んでいてもおかしくない年齢です。

はっきり言うとウザいですね。

早く消えてもらわないと社会の損失です。

 

家事が完璧にできなくてはならない。

そういう強迫観念のような、世間さまを気にし過ぎるような、過剰な締め付けに囲まれて私は育ちました。

 

例えば、私が中学生になると家の中の掃除を全て終わらせなければ登校させないとか。

これって虐待ですよね。

 

父はそうでもなかったのですが、母が酷かったですね。

上述のような掃除の話だけではなく、料理、洗濯など私だけが手伝うことを強制されていました。

弟には何も言わないのにです。

 

それに昨日も書きましたが、母はドヤ顔で言っていましたね。

「とまとは、どこに嫁に出しても恥ずかしくない」

つまり、私は”将来の嫁ぎ先”の家政婦のような、歪な期待しかされていなかったのです。

 

全くナンセンスな価値観ですね。

結婚は女性が男性に合わせるもの、女性は嫁ぎ先の”家”に気に入られるようでなければならない、家事は女性がするもの。

 

こういう環境、窮屈ですよね。

だから私は家出したのです。

親の描く理想の娘になることを求められる。

家出したくなりますよね。

 

こんなことを言われて育って、私は結婚にも子育てにも希望を持つことができませんでした。

こういう話をして理解し、ありのままの私で良い。

そう言ってくれたので、元夫とは結婚できましたね。

 

でも、どうしても子供を持つことは嫌でした。

理想の娘という枠を押しつけられたこともありますが、そもそも私が生まれ育った家庭は機能していなかったのです。

家庭というものは私にとっては魅力がありませんでした。

ですから元夫とは家族というより、カップルという考えで結婚しました。

 

私の両親世代ってなぜこうなのでしょう。

自分の頭で考えず、世間さまの声が大事で右へ倣え。

こういう世代に育てられて、結婚も子育ても魅力を感じられなくなっている人って多いですよね。

 

だから、今の日本は子供が減り、高齢者ばかりが増え、衰退に向かっているのです。