家庭教師のお仕事

本編の前にお知らせです。

「とまとの呟き」の姉妹版・小説を書いています。

「とまと文学部」で今は「海の向こうの大阿呆」というタイトルのものを公開中です。

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よろしくお願いします

~ここから本編~

大学生の頃、ずっと家庭教師のアルバイトをしていました。

拘束時間が短く、時給が良く、また試験の時や遊びに行く予定が入った時に生徒さんと時間や日程の調整がしやすかったことが、続けられた理由ですね。

 

一番多く教えたのは高校受験を控えた中学生でした。

中学三年生はもちろん、中学に入れば高校入試の準備は始まるようなものですから、中学一年生の生徒さんも多かったですね。

 

一番リクエストがあったのが、数学の指導です。

数学が苦手な生徒さんは多く、一般的にも数学的思考は日常では使わないものですから、何のこっちゃですよね。

 

しかし、私は数学は好きでした。

大学は文学部を卒業しましたが、数学は好きでしたし得意です。

 

私は共通一次試験の世代ですが、数学も理科も課されましたね。

文系科目の国語や社会、英語と同じくらい得点できましたから特に苦手な科目がなく、これも大学生になってから家庭教師のアルバイトをする上で強みになりました。

 

文学部に進学する学生は国語や英語ができるのは当たり前です。

家庭教師のアルバイトは派遣してくれる会社に登録して紹介してもらっていたのですが、面接でどんな科目を教えられ、対応できる生徒さんは何年生の生徒さんか、必ず聞かれます。

 

そこで文学部の学生でも数学が得意だと売り込むことができれば、比較的早く家庭教師のアルバイトを紹介してもらえることもありました。

 

私が大学に行っていた頃は理系の学生で女子はかなり少なかったです。

数学を教えられる女性の家庭教師も少なかったのです。

ですから数学の指導を希望する女子の生徒さんは、女性の家庭教師を希望してもなかなか見つからず、私に指名が来ることもありました。

 

私は実家が貧しく、私大に進むという選択肢はありませんでした。

私が大学を受験した当時は、国立大学は一校しか受験できませんでしたから、母校の北海道大学しか受験していません。

このようないきさつで後がなかったので、数学も理科も力を入れていたことが強みになりましたね。

 

数学や理科を苦手としていて、指導を希望する生徒さんは多かったですから、ご指名を頂くことも多かったです。

 

ただ、今50代になって振り返ってみると、至らないところだらけだったと穴があったら入りたい気持ちになります。

親御さんは安くないお金を払って少しでも成績を上げ、できるだけ上のレベルの学校に自分の子供を進ませたいと願うのです。

 

これは当たり前の親心ですが、大学生だった私はそういう親御さんの気持ちがわからなかったのです。

中学生、高校生の生徒さんとは年齢が近いこともあり、楽しく勉強ができて仲良くなれたのですが、親御さんが求めているものはそうではないんですよね。

 

親御さんの気持ちがわかるようになったのは、大学を卒業し社会人になり、ある程度年齢を重ねてからのことです。

それでも、教えた生徒さんはだいたい覚えていますよ。

あの子たちも、もう人の親になったことでしょう。

 

このように楽しく仕事はできていましたが、家庭教師のアルバイトをしていたのには、まだ理由があるのです。

 

自宅から大学に通っていましたが、若い頃の私は突っ張っていて、できるだけ両親と顔を合わせたくなかったのです。

経済的にも貧しい家庭でしたし、両親に対して反発していました。

 

家庭教師のアルバイトは19時にスタート、21時に終了というパターンが多かったので、家に帰れば22時すぎ。

両親がもう寝るくらいの時間に帰宅して、できるだけ顔を合わせないようにしていました。

それも家庭教師のアルバイトをしていた理由ですね。

 

家庭教師は勉強を教える仕事ですが、単に勉強だけを教えるのではなく、なぜ勉強ができないのか、勉強のやり方はどうすればいいか。

これを伝える仕事でもありました。

 

人とのコミュニケーションが苦にならない私には天職のようなものでしたね。

 

勉強って楽しいと思いませんか?

知らないことを知り、できなかったことができるようになる。

解けなった問題が解けるようになれば楽しいです。

 

私自身は塾にも行ったことがなく、もちろん家庭教師についてもらったこともありません。

根本的に勉強が好きなんですよね。

 

勉強が好きだと言うとおかしいですか?

しかし、私は勉強が好きなんです。

 

教えることを通じて学んだことが、学生時代に最も打ち込んだことです。