困っている人、困っていない人

本編の前にお知らせです。

「とまとの呟き」の姉妹版・小説を書いています。

新しい作品「六十年後の未来に来てみたけれど」を公開しています。

今日から第三十三話めを公開しています。

連載形式ですが、途中からでも、一話ずつでも読めますよ。

話の展開がわかりやすくなるように、主な登場人物の解説つきです。

下のバナー「とまと文学部」の文字をクリックすると、小説のページに飛べますよ。

よろしくお願いします。

tomatoma-tomato77.hatenablog.jp

~ここから本編~

私は、よくネットの世界を漂流します。

私は50代で、大人になってからネット社会に触れるようになった世代です。

私が子供の頃は一般人が自分の意見を世の中に向けて発信する手段は限られていました。

例えば、新聞の投書やラジオ番組にハガキを送る。

個人が世間に自分の意見を発表する場は限られていました。

 

今はネットが発達し、いろいろなSNSや各種の掲示板、ブログなどなど個人が自分の意見を発信する場が格段に増えました。

私もこうしてブログで発信し、他にはTwitterで活動しています。

 

SNSの良いところは遠く離れていても、同じような境遇や価値観の人と交流できるところですよね。

 

しかし、物事は何でもそうですがマイナスの面もあります。

ネット上で見ず知らずの人に罵詈雑言を投げたりする者、必ずいますよね。

 

それから、困っている人に対して石を投げるような発言をする者もいます。

せっかくテクノロジーが発達し、人と人が繋がれるようになったのに嘆かわしいことです。

ネットだからひどい言葉を吐いているのではないんですよね。

腹の中でそう考えているから、汚い言葉が出てくるんですよ。

 

人間はどんな時も困っている人に寛容でなければなりません。

自分が幸せなら、幸せでない人のことを思いやる想像力がなければなりません。

少数派を追いやることなく、共感し合わなければなりません。

これらの心がけを寛容と言います。

 

人間に必要なものは、テクノロジーが発達したからこそ必要なものは寛容さと共感です。

テクノロジーが発達したからこそ、離れた人が幸せでないことを共に嘆いたり、少数派であることで不利益を被っている相手に共感しなければなりません。

 

相手の不幸せや少数派であることの不利益を、自分のことのように捉えられる思いやりがなければなりません。

 

せっかくテクノロジーが発達し、遠く離れた人の考えや暮らしぶりに触れることができるようになったのに、自分の幸せだけが大事で他人はどうでも良いというのであれば猿と同じですね。

人間の人間らしいところは、相手への共感や寛容さにあります。

 

テクノロジーが発達したのに、それを十分に使いこなせていない者がいる。

まだまだ人間は学ばなくてはなりませんね。

 

発達させるべきものはテクノロジーではなく、己の心です。

寛容さは何よりも尊いのです。