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tomatoma-tomato77.hatenablog.jp
写真はイメージです。
今の私はとにかくマイペースです。
ぎりぎり困るまで動きませんし、嫌なことはしません。
仕事をしていないからできることだとは思いますが、仕事も困らなければするつもりもありません。
怠け者上等です。
私がこうなったのには、ちゃんと理由があります。
こうしなければならない、ああしなければならない。
こんな風に自分を型にはめて、強迫観念に突き動かされて動くのは止めたのです。
私は子供の頃、神童扱いされるほど利発で優秀でした。
言葉が出てくるのが早く、周りの大人の会話に進んで加わり、文字や数字に興味を持ち始めるのが早く、すぐに新しいことを覚える。
両親共に私の将来を楽しみにしていたそうです。
しかし、それは周りの大人の顔色を窺い、気に入られたい、嫌われたくない、利口な自分でいればちやほやされる、そんな気持ちが心の中にあり、人から遠ざけられることを極度に恐れていたから利口に振る舞っていただけのことでした。
疲れますよね。
そういう風に周りの顔色を窺い、本当の自分を殺してひたすら良い子を演じるのは疲れます。
そのことに気づいたのは大人になって、自分に自閉症スペクトラム障害があると診断されてからのことでした。
それ以前にも、13歳の時に摂食障害になりました。
これは、いつも優秀な自分でいて、大人に嫌われないよう、大人を喜ばせなければならないという気持ちがあったからです。
そういう強迫観念のようなものに突き動かされて行動していた結果、摂食障害になりましたね。
やってもやっても、自分が満点でないような、満点でなければ大人に嫌われるのではないかという不安定な心理が摂食障害の原因です。
このことで、母は今でも理解してくれません。
私を摂食障害に追い込んだことに対する謝罪がありません。
父は私に障害があると診断されたこと、その結果、子供の頃から精神的に不安定だったことが判明する前に亡くなったので仕方がない部分もありますが、母は90歳ちかくなっても無駄に年齢を重ねているだけです。
許せませんね。
ですから、あの人の介護はしませんし、葬儀も出ないつもりです。
こんな私は自分に障害があるとわかってから、神童を卒業しました。
周りの人に良い子だと思われなくてもいいじゃないですか。
利発で優秀じゃなくてもいいじゃないですか。
そう思うようになってからが本当の自分ですね。
お気楽上等。
バカ最強。
そんな風に気持ちを楽にして生きていこうと決めたのです。