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tomatoma-tomato77.hatenablog.jp
写真はイメージです。
今日は成人式だったんですね。
札幌市内を歩いていたら振り袖姿の娘さんが目立っていました。
私は30数年前に成人式を迎えましたが、参加しませんでした。
バカくさいと考えていたからです。
晴れ着を着て記念写真を撮ったり、中学や高校の同級生に会ったり、それがどうしたという感じでしたから参加しませんでした。
晴れ着を着て記念撮影なんて見世物みたいで嫌でしたね。
なんだか人生のピークを無理にハタチに持っていこうとする発想が嫌でした。
今もそうですが私は若い頃、もっと突っ張っていました。
人生のピークがハタチで30歳を過ぎたらおばさん、みたいな考え方に抵抗があって、30歳、40歳、50歳と年を取るにつれて人生は上り坂になるものだ。
私はそう考えていたので、殊更にハタチを強調しバカ騒ぎのように祝うのは興味がありませんでした。
さて、それでは今、50代になった私は成人式の頃の自分が思っていたような大人になれたでしょうか?
なれましたね。
私には縁を切った元友達がいます。
この元友達は成人式の頃、ハタチハタチとうるさく、嬉々としていました。
それだけではなく、彼女は思考停止していましたね。
例えば結婚したら即、夫の姓で手紙を送りつけてくるとかですね。
本来は結婚=女性の改姓ではありません。
しかし、この元友達は「だって結婚したんだもん」と何も疑問を持たず生きていました。
私はそういうのは嫌いです。
それに、彼女は私服通学可の学校に通っていたのに制服を着ているとか、私から見れば長いものに巻かれ飼い慣らされているように見えていました。
そんなわけでつまらない人間とは縁を切った私です。
50代になった今も私はそうですね。
いくつになっても突っ張っていたいものです。
30数年前の成人式の頃から私は何も変わりません。
ずっとこういう自分でいたいですね。
成人式、やりたい方はお好きなように。
私には馬鹿馬鹿しい喧騒ですね。
私はこのまま突っ張ったおばあちゃんになろうと思っています。